スワジランド:MDR-TB治療、55人が完治―― MSFと保健省が連携

2013年08月21日掲載

国境なき医師団(MSF)はスワジランドの保健省と連携し、通常の治療薬が効かない「多剤耐性結核」(MDR-TB)の治療プログラムを提供している。その最初の対象となった55人が、2年間の治療を完了した。そのうちの1人であるリンダ・ビラカティ(48歳)さんは「跳び上がって、踊って、叫びたい気分です。長く険しい道でしたが、ついに終わりました」と話す。

記事を全文読む

「治療はつらい。でも、命は大切」

ビラカティさんはマンジーニ地方のマンカヤネ病院に入院していた。国境なき医師団(MSF)と保健省が共同運営する多剤耐性結核(MDR-TB)治療プログラムの最初の対象となった55人のうちの1人で、2年間のつらい治療を完了した。歌と笑顔と涙で大はしゃぎをした祝いの席。そこに参加していた最年少患者は、まだ3歳だった。

ビラカティさんの完治証明書にはこう記されている。
「治療は長く、つらかったけれど、何とかやり遂げました。命は大切ですし、健康第一だから」

ビラカティさんの結核治療は2010年に始まった。治療を2年間受けたが、病状はむしろ悪化。通常の治療薬に耐性がある結核菌に感染している"MDR-TB"と診断された。現時点では、MDR-TB治療で実用化されている薬は毒性が高く、重い副作用を引き起こすことがある。

薬の副作用で聴力を失う

MDR-TBの治療を終えたビラカティさん

ビラカティさんも副作用に悩まされた。注射薬の投与を半年続けたところで聴覚障害が出た。耳鳴りに始まり、右耳は難聴、左耳は聴力喪失にまで至った。MDR-TBが治っても、聴力が回復することはない。ビラカティさんはそれも受け入れている。現在実用化されている薬を考えれば、治療を望む限り、ほかに選択肢はないからだ。

ビラカティさんは「耳が聞こえなくなったのはとてもつらいことでした。ですが、前向きでいようと思ったのです。医師たちも覚悟の上で治療してくださったのだと言い聞かせ、最終的には、健康のために支払うべき対価だったのだと納得しました」と話す。

休職で生活苦、地域のサポートが頼み

また、治療期間の長さも大きな苦労だった。「せめて治療期間がもう少し短ければ……と思います。体調の悪くなるような薬を2年間、毎日15錠も服用するのは簡単なことではありません」

さらに、治療のために休職しなければならず、生活費が不足した。食べるものも満足に手に入らず、空腹で服薬のつらさが倍増。隣人からの施しとMSFの援助が頼みの綱だった。

MSFは治療に加え、定期的な食糧提供や、病院までのバス運賃を支給。さらに、カウンセラーが心理面のサポートを続けた。また、ビラカティさんが住んでいる地域では、治療の継続・完遂を励ます治療サポーターが患者を訪問した。

MSFの巡回診療チームも、感染拡大を抑えるために患者宅を訪問。住宅に窓や戸を増設して通気を良くしたり、家庭内感染のリスクを抑えるために患者専用の寝室を設置したりする活動を行った。

ビラカティさんは「MSFのおかげで命が助かりました。MSFの車を"マイカー"と呼んでいたほどです。MSFはいつも、健康と希望と助けを運んで来てくれると考えていたからです。そんなマイカーを目にするたびに、どんな心配も焦燥感も消え去っていきました」と話す。

関連情報