ウクライナ: MSFはなぜ、刑務所での結核治療を援助するのか?

2013年03月15日掲載

一時は減少しているとされた結核。しかし、旧ソビエト連邦の多くの国では、ソ連崩壊後の社会・経済の衰退に伴い、結核の流行が急速に拡大している。ウクライナも例外ではない。特に、刑務所が結核の温床となっている。刑務所内の有病率は一般社会の10倍以上だ。同国東部のドネツク州で活動する国境なき医師団(MSF)は、140人以上の受刑者と元受刑者に対して薬剤耐性結核の治療や援助を提供している。

世界保健機関(WHO)の報告では、ウクライナの新規MDR-TB患者数(2011年)は約9500人だった。時代遅れの処方のあり方、品質に問題がある薬でさえ時として不足していること、そして診断ツールの不足などが原因で、新規感染者数は増加の一途をたどっている。

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「続けなければ、僕は壊れてしまう」

MSFの診療を受ける結核患者

「座っているのも辛く、体中が痛い」と、白いマスクの下からアンドリー(仮名・31歳)がしゃがれ声で訴える。数年前、酔ってけんかをしたことが原因で暴行罪に問われ、建設作業員になるための職業訓練も打ち切られた。

そして、複数の薬剤に耐性を持つ結核(多剤耐性結核=MDR-TB)に感染。今から半年前、刑務所でMSFの診断を受け、判明した。やせてひ弱なアンドリーは、家庭を持つことや、一般的な生活を営むことは、完治するまで無理だと諦めている。

アンドリーはこの先2年間、厳密な投薬計画に従い、毎日6種類の抗結核薬を服用し続けなければならない。カクテル療法と呼ばれるこの治療は、吐き気、視覚障害、聴力障害などの副作用を引き起こすことも多い。「我慢できないほどつらい治療ですが、続けなければ、僕は壊れてしまう」と話す。

HIVと結核、二重感染の深刻度

MSFがサポートしている結核患者のレントゲン写真

治療を中断したり、患者が医師の指示を守らなかったりすることも、薬剤耐性結核が生じる大きな要因となっている。空気感染症である結核は、人から人へ直接感染する。過密環境では特に感染しやすい。また、HIV感染者は免疫機能が低下しているため、結核を発症しやすい。

ウクライナ東部の産業中心地として知られるドネツク州は、HIVと結核の二重感染が特に深刻な地域だ。注射器を使う薬物依存症の人の多さが理由の1つに挙げられる。

MSFチームは、拘置所3ヵ所と"コロニー3"(結核と診断された受刑者を収容する800床の結核病院)で、2012年12月から援助活動を行っている。コロニー3では、1部屋当たり約10人の男性受刑者が、設備の乏しい監房に収容されている。

MSFは、結核の診断、検査、治療に加え、MDR-TB患者の服薬順守をサポートする心理ケアの提供を行っている。また、刑務所内での感染拡大を予防するために、検査設備の修復も行った。さらに、HIVと結核に二重感染している患者には、抗レトロウイルス薬(ARV)治療も行っている。

刑務所は受刑者の入れ替わりが多く、常に過密状態で、換気も悪い。その結果、結核が拡大しやすい環境となっている。また、粗末な食事で栄養状態が悪いため、発症しやすい。実際に、コロニー3の患者の約半数が薬剤耐性結核にかかっている。

受刑者の中には、もともと社会・経済的に不利な環境で生活していた人が多い。そうした地域は一般的に、結核の疾病負荷も高い。MSFのウクライナでの活動責任者であるユルドゥズ・セイトニヤゾヴァは「受刑者はつらい生活を送って来た人びとで、特に結核感染のリスクが高いグループだと言えます。薬物やアルコール依存症の人もいます。さまざまな問題を抱えているために、『結核の薬を飲むことが最優先だ』とは考えないのです」と話す。

治療を続けやすい薬・方法の開発を

MDR-TBの治療はつらく、長期に及ぶ。MSFチームは治療を始める前に、患者の覚悟を固めることに力を注ぐ。ユルドゥズは「どのような治療なのか、患者によく理解してもらう必要があります。その上で、つらい時期には治療継続の意欲を引き出すようなサポートをします」と説明する。

MSFが国際レベルで取り組んでいるのは、より効果的で、安価で、痛みが少なく、アンドリーのように人生の2年間を保留にする必要のない治療法の研究・開発を促進する運動だ。

患者が釈放された後も、MSFは保健省や他の団体と協力し、医療、心理ケア、服薬指導、副作用の監視など適切な経過観察を行いながら、患者が治療を完了するように導いている。また、治療を完了していない患者を追跡し、治療継続を徹底する。MSFの治療プログラムを受けた受刑者で、18人がすでに釈放された。そのうち16人が、今も処方計画に従った治療を継続している。

ユルドゥズは「帰る家のない受刑者もいます。アルコールや薬物依存症になるリスクを冒す者もいて、その場合は服薬順守の可能性が減ってしまいます。出所した後も患者が必要な支援を受けられるようにし、完治するまで治療を継続できるようにすることが重要です」と指摘する。

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