南アフリカ:ヨハネスブルクの医療環境が改善――MSF、新たな活動地へ

2013年04月10日掲載

南アフリカ共和国のヨハネスブルク市内で、国境なき医師団(MSF)が5年にわたって続けてきたジンバブエ人移民のための緊急医療活動を、2013年3月末で終了した。移民は依然として社会的弱者だが、活動当初と比較して医療環境が大幅に向上し、市内では移民の多くが定期的に医療を受けられるようになった。MSFは今後、同国内の他地域で医療・人道援助を続けて行く。

MSFは1999年から南アフリカで活動。地域レベルで治療を提供し、患者の治療継続を支援する革新的な手法を取り入れ、包括的なHIV・結核治療モデルを確立した。現在はMSF医療チームが、カエリチャとエショウェでHIV・結核(多剤耐性結核を含む)を対象としたプログラムを展開。また、ムシナでは移民を対象に同じくHIV・結核治療と1次医療を提供している。

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活動5年、移民も医療を受けられる体制に

スラム地区に設置したテントで行われたMSFのスクリーニング

多数のジンバブエ人が自国の過酷な状況を逃れ、2007年~2009年、ヨハネスブルク市内に避難した。当時、移民が定期的な医療を受けることは難しかった。外国人嫌悪に起因する一連の暴力事件(2008年)の際には、移民が特に標的とされた。

人びとは医療施設に行くことを不安に感じており、医療施設側も受け入れ態勢が整っていなかった。そこで、MSFは2007年後半に活動を開始。医療の提供に加え、医療施設に向かう人びとに帯同し、施設の責任者や管轄局に要求を伝えた。5年を経て、状況は改善され、多くの移民が定期的に医療を受けられるようになっている。

MSFの南アフリカおよびレソトにおける活動責任者であるアンドリュー・ミューズは「迷いはありましたが、活動プログラムの当初の目的は達成されたため、終了を決めました」と話す。

各方面との協力関係は維持

スラム地区のビルの住民に、MSF・移動診療についての説明に向
かうスタッフ

ただし、既存の援助ニーズが減少したわけではない。人びとは現在もスラム地区で不安定な生活を続けている。生計手段の確保、スラム内の建物を学校にして行う児童教育、ライフラインである水道や電力などの公共サービスは、今も多くの住民にとって大きな課題だ。

互いに協力してきた社会グループや部族の指導者たちとの関係は、今後も保っていく予定だ。暴力事件の勃発や、コレラ、はしかなどの感染症流行といった緊急時にはMSFに通知するように求める。MSFは緊急対応ができる態勢を維持する。

一方、同国内のその他の活動は継続する。現在の活動地は、HIVや多剤耐性結核(MDR-TB)を含む結核患者を援助しているムシナ、エショウェ、カエリチャ。周辺国では、ジンバブエ、マラウイ、モザンビーク、レソト、スワジランドで活動している。

「大きな傷口に小さなばんそうこう」

移民への援助活動プログラムでは、当初、ヨハネスブルク市内のセントラル・メソジスト教会に隣接する診療所で1次医療と検診を提供していた。MSFが2009~2010年に同診療所で行った診療件数は、月平均2300件。その後、主な病気の原因が、大勢の移民の避難所であった教会や周辺の建物の衛生環境・施設の不備に関連することが明らかになり、MSFは移動式施設の利用へと移行した。

2011年には、同プログラムで市内のスラム街の建物25棟に住む人びとを対象としたHIVや結核のカウンセリングと検査、性感染症の治療、一般健診も開始した。建物は人であふれ、崩れかけていた。こうした劣悪な生活環境が、住民の健康と尊厳に直接的な影響を及ぼしていることがわかった。そこでMSFは、生活環境や衛生設備の改善に着手し、2012~2013年には住民たちの手による衛生活動の立ち上げを後押しした。

MSFのヨハネスブルクにおけるプログラム・コーディネーターであるクリストフ・クリスティンは「解決すべき問題はまだあります。MSFの成果は、大きな傷口に小さなばんそうこうを貼った程度のものなのです」

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