レバノン:パレスチナ人難民の心理ケアが増加――シリア内戦が影響

2013年05月20日掲載

レバノン南部にあるサイダ市近郊のアイン・ヘルワで、国境なき医師団(MSF)は、内戦が続くシリアを逃れてきた人びとに心理ケア・プログラムを提供している。患者数は増え続けている。その多くは、パレスチナからシリアに逃れていて、内戦に巻き込まれたパレスチナ人難民だ。彼らは深刻な心的外傷に苦しんでいる。

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逃れた先のシリアで内戦に……

マフムードさんは、1ヵ月余り前にこのキャンプにやってきた。それまでは、シリアの首都ダマスカス近郊にあるパレスチナ難民キャンプ(ヤルムーク・キャンプ)に滞在していた。しかし、シリア国内は内戦が激化。マフムードさんは、爆撃や銃撃で親類を7人も亡くす悲劇を体験した。

マフムードさんは「ばらばらになった遺体をこの手で埋葬したのです。隣人の埋葬もしました。息子は行方がわかりません。その1ヵ月後には、兄弟の1人も姿を消しました。2人とも殺されてしまったのでしょう。内心は深い悲しみに沈んでいますが、家族の前では毅然と振る舞わなくてはなりません。とてもつらいです」と話す。

マフムードさんは現在、小さな1室に妻と6歳の息子とともに滞在中だ。木の板で2つに仕切られた部屋の片側には、別の世帯が入居している。

想定人数の8倍が滞在する難民キャンプ

アイン・ヘルワのキャンプに到着するまでのできごとを話すマフム
ードさん一家

MSFのソーシャルワーカーであるニスレーン・モガミスは「マフムードさんのような事例を日々耳にしています」と報告する。MSFはサイダ周辺の医療施設5ヵ所で、2011年4月から地域密着型の心理ケア・プログラムを展開している。主にパレスチナ人難民を対象としているが、地元のレバノン人を含む困窮した人びとを受け入れている。

過去半年間で、シリアを逃れてアイン・ヘルワのキャンプに来た世帯は推計2400世帯。大半がパレスチナ人だが、シリア人も含まれている。同キャンプは1948年、受け入れ数1万人を想定して開設された。レバノン国内で最大のパレスチナ人キャンプとなった現在、推計8万人が滞在しており、既に飽和状態だ。

新しく到着した人びとは、居住スペースを賃借りしたり、集合避難所やテントに同居したりしている。以前から生活している人びとと新しく到着した人びとは互いに、生活環境の変化に順応する必要に迫られている。その現状が心理ケアの必要性を増大させている。

心の病気を抱える人が増加

抑うつ症、不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、シリアを逃れ、MSFの対応を受ける患者の間で最も一般的な診断だ。2013年に入り、MSFの心理ケア・チームは、シリアからやって来る患者が増え続けていることを確認した。大多数がパレスチナ人難民だが、シリア国籍者もおり、両者合計でMSFの新規患者の43%を占める。

MSFの診療所で活動するマナル・カセム心理療法士は「深刻な心的外傷を確認しています」と話す。多くの人が、家族や友人の殺害場面や自宅の火災を目の当たりにしている。拷問を受けた人もおり、パニック発作、記憶喪失、悪夢に苦しむ人も多い。その上、難民キャンプでの生活は非常に厳しく、最低限の必需品の入手にも苦労しているという。

深刻なストレスが暴力事件に

想定人数の8倍の人が滞在しているアインアルヒルウェ・キャンプ

また、過密状態は様々なトラブルを引き起こしている。アブー・サレハさんは、2006年からアイン・ヘルワに滞在しているパレスチナ人難民だ。アブーさんは「出自の異なる10人以上が、部屋1室、公衆トイレ1基を共有することもあります」と証言する。

一方、家庭内暴力の増加も、人びとが新しい環境への順応に苦労していることが原因だ。例えば、家庭内の役割が逆転してしまうこともある。サレハさんは「援助を要請し、食糧、ミルク、おむつを家庭に持ち帰るのは主に女性です。男性は仕事を見つけようと躍起になっています。プライドが許さないためか、援助要請を控える傾向が見られます。家庭内トラブルの原因は大半がささいなことですが、劣悪な生活環境のせいでこじれてしまうのです」と話す。また、民間支援者からの援助物資の配給が"平等"に行われなかったとする集団間の争いも発生している。

MSF、生活支援も含む心理ケアを提供

MSFのソーシャルワーカーであるモハメド・ゼイダンは、1日1回の家庭訪問や心理教育を行っている。ゼイダンは「落ち着き先があれば、心の健康もよくなるはず、と言う人もいます」と話す。MSFでは、家賃を賄うための資金援助など、医療以外の援助も受けられるように他団体の紹介もしている。

マナル・カセム心理療法士は「MSFの提供する最低限の援助は、心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド=PFA)を通じた心理面のサポートです」と話す。一部のPTSD患者は、対処が遅れればより深刻な心の病気を発症することがある。また、内戦や経済的事情で心の病気の薬物治療を中断した人びとにも、無償の治療を提供している。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の推計によると、シリアから国外へ逃れた150万人以上が、周辺国で難民として登録済みか、登録待ちだという。ただ、実数は推計よりもはるかに多い可能性がある。シリア国内に比べ、ヨルダン、レバノン、イラク、トルコでは医療環境も治安も格段にいいが、難民危機への人道援助は依然として十分ではない。

シリアの危機に応じようという周辺国の多大な努力にもかかわらず、これまでに立ち上げられたさまざまな援助機構・計画は機能不全に陥っている。周辺各国の対応能力は既に限界なのだ。ヨルダンとレバノンの受け入れ能力も、増え続ける難民の最低限のニーズを満たすことがやっとの水準。現地では緊張感が高まっている。

MSFはレバノン、ヨルダン、トルコ、イラクで難民に、1次医療、予防接種、心理ケアなどの診療を行うとともに、救援物資を配給している。

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