イエメン:HIV/エイズ――差別との闘いとMSFの取り組み

2013年06月17日掲載

結婚直後に体調を崩しました。2006年のことです。サウジアラビアで働いていました。病院に行くと、HIV陽性だと判明したのです。ショックでした。HIV/エイズについて何も知りませんでしたし、皆に避けられると思いました。1週間もすれば死んでしまうのだと思い、母と妊娠5ヵ月の妻のことが思いやられました。妻は状況を理解し、彼女自身の感染の有無を確認するため、検査を受けました。陰性だった場合は、結婚生活を続けるか、別れるかを妻の判断に委ねようと私は考えていたのです。ですが、妻は言いました。生きる時も死ぬ時も一緒よ、と……(アボ=モハネドさん/仮名/35歳)

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病院や医師の間にも根強い偏見

アボ=モハネドさんの住まいは首都サヌア。イエメンはHIV/エイズのまん延国ではなく、有病率も全人口の0.2%程度と推計されている。しかし、HIVを抱えて生きる人はどこに行っても偏見と差別に遭う。保健医療施設でさえもだ。

アボ=モハネドさんは「妻の出産が近づき、2ヵ所の病院に行きましたが、いずれも分娩介助を断られました。やむなく、3ヵ所目には、妻のHIVステータスを隠していったのです」と明かす。

友人の死をきっかけに

サヌアの町並

アブドゥル・ファタハ医師の勤務地はアル・グムフリ病院のHIV/エイズ治療施設。同施設は抗レトロウイルス薬(ARV)治療を提供するサヌア市内唯一の施設で、現在445人ほどが治療を受けている。アブドゥル医師は医学生時代、友人が何の治療も受けられずに自宅で孤独死したことから、HIV/エイズとの闘いに身をささげようと決意した。医学生を修了するころ、この治療施設のことを知り、就職することになったという。

アブドゥル医師は「HIV/エイズへの差別との闘いは大きなチャレンジです」と話す。以前は、HIV感染者の病院受け入れも拒絶されていた。提言と医療スタッフの教育を重ね、ようやく事態が少し改善されたという。ただ、「現在も多くの医師、それも高名な医師が、HIVのことをわずかに耳にしただけで過剰反応を起こします」と嘆く。

HIV/エイズの周知に援助を

アル・グムフリ病院で行われているHIV感染に関する医療相談

アブドゥル医師の勤務する治療施設のほか、サヌア市内で、HIVステータスを知るための検査、診断、検査前後のカウンセリングを受けられる施設は5ヵ所。しかし、ここ数ヵ月間に、HIV検査キットの備蓄が枯渇したこともある。

世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)は、イエメン国内の活動に2014年まで融資を行う予定だが、この資金も、既に治療中の人びとの命を守るHIV/エイズ治療薬を確保できるに過ぎない。

イエメンの全国エイズ対策プログラムを統括するアブドゥルハミド医師は「ケアや治療には十分な資金援助を得ていますが、その他の活動、特に病気の周知についてはいっそうの援助が必要です。カウンセリング、診断のほか、とりわけHIVの母子感染予防の条件も整いません。これらの公的保健医療の拡充が求められます」と説明する。

MSF、アラブ諸国初のHIV/エイズ・プログラムを展開

MSFはサヌアで、2013年初頭から、HIV感染者の直面する偏見解消を促し、質の高いケア・治療の利用を拡大させるために活動してきた。

MSFがサヌアで展開するHIVプログラムのコーディネーターであるスー・ピートリーは「HIVを抱える人びとへの激しい差別が、保健医療施設の利用を妨げています。どのように扱われるか不安になるのも無理はありません。実際に不安が現実になっていることも多いのです。MSFの狙いは、国家エイズ・プログラムと連携し、その活動を支援するとともに、HIV感染者の置かれた状況を改善することです」と話す。

ウム・アブドゥル・ラハマンさん(仮名/35歳)は「夫が亡くなったあとに、HIV陽性であることがわかりました。差別は父からも受けています。父は私に幻滅し、家を出て、HIVに感染した場所に行ってしまえ、と言いました。見捨てられたのです」と打ち明ける。

ウムさんは、女性であることが立場をいっそう難しくしていると考えている。「娘たちを養えるだけの資財がありませんでした。私が男性なら、仕事に就けていたでしょう。どんな仕事にでもです」。ウムさんは幸い、イエメンのHIV感染者支援団体の1つから支援を受けられることになった。「再婚もしました。結婚生活も順調で、娘が4人、息子が1人います」と話す。

公式データでは、女性よりも男性の間にHIV感染例が多い。しかし、アブドゥルハミド医師の指摘によると、データが女性の感染者数の実態を反映していない恐れがあるという。「偏見、差別、暴力などさまざまな理由で、女性が医療を利用できていない可能性もあります。女性のHIV感染例を把握するため、公的保健医療を拡充する必要があるでしょう」

他団体との連携も模索

MSFはエイズ・アソシエーション(AID Association)との連携も模索
して

エイズ・アソシエーション(AID Association)や偏見解消財団(No Stigma Foundation)といった団体が、HIV感染者の支援と、その権利の擁護に努めている。エイズ・アソシエーションは2007年、エイズに関わりのある有志の若者たちによって設立された。イエメン社会におけるHIV/エイズの周知を図るとともに、マイクロクレジットや職業研修を通じて、HIV感染者の生活支援を行っている。アブドゥルハフェド・アル=ワルド事務局長は、「HIV感染者は偏見に遭い、医療、社会生活、法など、日常においてもさまざまな不自由が生じていると考えられます」と指摘する。

一方、ピートリーはエイズ・アソシエーションや偏見解消財団などの活動について、「HIV/エイズに特に大きな影響を受けている人びとの境遇改善につながる活動です。MSFも、こうした団体との連携を望んでいます」と話す。

MSFにおいても、病気の周知と偏見・差別の解消は、HIV感染者による医療の利用や病院受け入れ拡大と並び、サヌアでの活動の重点となっている。MSFは、HIV感染者に提供される保健医療の向上を目指している。

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