レバノン: 紛争の連鎖、増え続ける緊急援助ニーズ

2013年06月18日掲載

祖国を逃れた1万600世帯余りのシリア人が、レバノン第2の都市トリポリに避難している。シリア国境は約30km先だ。トリポリの人口は50万人。レバノン人のほか、バダウィやナハル・エルバレドなどの難民キャンプに滞在中のパレスチナ人難民も含まれる。そこへ、さらに、4万2000人余りのシリア人が加わっている状況だ。

トリポリの勢力図は複雑だ。人口の過半数をイスラム教スンニ派の信者が占め、イスラム教アラウィ派信者やキリスト教徒は少数派だ。数十年にわたり、バーブ・タッバーネ地区のスンニ派信者と、ジャバル・モフセン地区のアラウィ派信者の対立が続いている。その宗派間抗争も、2年間のシリア内戦の影響で状況が悪化している。

MSFは2012年からトリポリで活動を続けてきた。活動チームの人員は、現地スタッフ37人と外国人スタッフ5人の合計42人。2013年4月末までに、1万6991件の1次診療を行い、慢性・急性疾患治療、予防接種、周産期ケアを提供。1582件の精神保健相談も行っている。

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シリア内戦が地域社会にも影響

MSFの診療を待つシリア人難民の女性たち

シリア危機の勃発以来、トリポリ市内の国立病院にはシリア人負傷者が相次いで搬送されて来る。国境なき医師団(MSF)のラシド・ハルドゥーン救急医は「この病院は、難民にとっても緊急医療の要です。ニーズは膨大です」と話す。

MSFは2012年5月から、人材提供と、急患対応に関する研修を通じて、同病院の救急部門を支援してきた。また、医療器具・物資の提供も行っている。

救急部門の患者数は現在、月平均1730人。その中には、シリア人約20人と、難民の急患や子ども約340人も含まれる。この病院はレバノン北部全域を対象に1次治療を提供しているため、応急処置の必要なシリア人も運ばれて来る。

一方、宗派間抗争の負傷者も搬送されてくる。2013年5月19日~26日に起こった最近の衝突では、負傷者102人を受け入れた。MSFのトリポリでのプログラム副コーディネーターであるガッサン・ハンナは「トリポリには、緊急人道援助を求めて大勢のシリア人難民が到着しています。さらに、シリア内戦の影響で地域紛争が悪化の一途をたどり、そこからも医療・人道上の問題が生じているのです」と話す。

劣悪な環境で健康悪化

ジャバル・モフセンとバーブ・タッバーネはトリポリで最も貧しく顧みられない地区の1つで、医療援助もわずかしか届いていない。そのため、MSFは地区の2つの診療所で1次医療を提供するほか、技術支援や薬剤・医療物資の供給も行っている。

2012年2月には、トリポリ市内の別地区にあるダル・アルザハラ病院に、シリア人難民や頼るあてのないレバノン人を対象としたMSF診療所を開設。医師1名・看護師2名が医療を無償で提供している。レバノン北部に到着するシリア人が増えており、1日の診療件数は70件に上ることもある。

MSFのマハ・ナジャ医師は「シリア人患者の大半が病気の治療に訪れます。薬剤費は高額で、難民となった人びとには入手が難しい状況です。内戦のせいで、健康は二の次にならざるを得ません。水や食料の確保など、生き残ることがまずは大事なのです。慢性疾患患者も大勢見ていますが、治療中断を余儀なくされ、健康状態が悪化しています」と話す。

皮膚病、栄養不足、栄養障害などは劣悪な環境に起因するものだ。多くの世帯が、非常に狭い空間に身を寄せ合っている。最低限の必需品にも事欠くほど経済的に困っている世帯も多い。

ナジャ医師告は「難民の医療・社会援助ニーズは多大です。子どもたちの間には夜尿症が多く見られ、そのほかの患者にも心理状態に関連する病気が見られます。家族を失ったことによる心的外傷が、別の病気に影響を及ぼすこともあります。息子を亡くした母親にとって、慢性疾患治療のための服薬など二の次になってしまうのです」と話す。

高まる心理ケアの必要性

MSFのソーシャル・ワーカーに難民生活の窮状を打ち明ける一家

MSFは、トリポリの国立病院内で心理ケア診療所を運営している。そこに紹介されて来る患者もいる。診療所では、精神科医・心理療法士各1名が、相談や薬物治療を提供している。対象は、地域紛争の被害者、シリア人難民、パレスチナ人難民だ。MSFのソーシャル・ワーカーは、レバノン人の家庭や、地下室・倉庫・ガレージなどに避難して過酷な生活を送っているシリア人世帯を訪問している。

MSFの心理療法士であるラヤル・ラッハルは「MSFの患者の多くが、抑うつ症や不安症を抱えています。地域紛争で、地域社会全体が圧迫感を感じています。誰もが外出を嫌がっています。この心理ケア診療所の目と鼻の先に住んでいながら、来院を拒む人さえいます。銃撃を恐れているためです」と話す。

トリポリ市内のレバノン人、シリア人、パレスチナ人の心理ケア・ニーズが高いことは、増加を続ける診療所の患者数・来院数からも見て取れる。シリア人難民の大半が経験している心的外傷後ストレス障害(PTSD) 、人格障害、不安障害の発症・悪化は、内戦が原因だ。ラッハルは「シリアで治療を受けていたものの、避難で中断を余儀なくされ、現在も経済的理由から治療再開できない人にも、MSFは対応を行っています」と説明する。

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