レソト:山の王国の母たち――MSFが母子保健をサポート

2013年06月25日掲載

想像してみてください。あなたは妊娠9ヵ月で出産はもう間もなくです。子宮の収縮も感じられるようになりました。喜びと不安が入り混じりますが、痛みに耐えながら、ことが無事に運ぶことを祈るばかりです。

さらに想像してみてください。分娩介助を受けられる最寄りの保健医療施設にたどり着くまで2時間も、3時間も、4時間も、場合によってはさらに長時間かかることを。しかも、山がちな土地をもっぱら徒歩で移動するのです。

記事を全文読む

妊産婦死亡率は世界平均の2倍

MSFスタッフに体験を話すマンテバレン・ンテレコアさん(左)

誰が聞いてもひどい悪夢のような話だが、レソトではそれが多くの女性の現実だ。山間部の遠隔地からやって来た若い母親、マンテバレン・ンテレコアさんは回想する。

「お産は3度経験しましたが、毎回、幹線道路まで2時間歩き、そこでミニバスに乗って病院まで行きました。子宮が収縮するようになると徒歩で病院に向かうのですが、収縮が起こっている間は立っていられないため、移動に時間がかかります。子どもの1人は早産で、7ヵ月で生まれました。病院にたどり着けて本当によかったです」

ただ、誰もがマンテバレンさんのように幸運ではない。レソトは、HIV患者数が多く、母子保健医療が普及していない。妊産婦死亡率は、出生数10万人に対し620人と世界平均の2倍で、世界で最も高い水準にある。死亡例の50%以上はHIV合併症に起因する。

レソト政府は、2015年までに、妊産婦死亡率を出生数10万人に対し300人まで引き下げるという目標を設定。併せて、母子保健分野に関する「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)」達成に向けて行動計画を改め、実践を急いでいる。

医療費が母子保健普及のハードルに

MSFのマルレーン・デルモ助産師

しかし、この南部アフリカの山中の小さな王国で、妊婦の多くを取りまく保健環境は、依然として不安定なままだ。

遠隔地・孤立地域の妊産婦死亡率は特に高い。最寄りの診療所までが遠く、移動手段も少なく、冬の間は通行できない場所も多い。また、大病院の医療費がハードルとなり、大勢の女性が、産前ケアやHIVの救命・母子感染予防治療を受けられていない。

レソト駐在のMSFチームは、より多くの女性が産前ケアや安全な出産環境を得られるように、遠隔地の保健医療施設を支援。医師・助産師各1人と看護師数人で、マセル県セモンコンとロマの医療施設10ヵ所をサポートしている。

セモンコンの聖レオナルド診療所には、小規模な産科部門と分娩待機施設があり、出産予定日の近い妊婦が熟練助産師の介助で分娩できる環境が整っている。母親となった女性たちが出産後、新生児とともに帰宅できるようになるまで滞在を続けることもある。

MSFの支援で分娩介助件数が3倍増

MSFの助産師であるマルレーン・デルモは「勤務の際は分娩待機施設のお母さんたちと一緒に寝ています。とてもいい雰囲気です。話し声や笑い声であふれ、女性たちは安心して、交流を楽しんでいます。皆、同じ立場だからです。新たな命という奇跡を体験し、日々の生活から数日離れ、自分自身と赤ちゃんのことだけを考えるのです」と説明する。

聖レオナルド診療所には、平均6人の妊婦が常時滞在。2102年以降、診療所の分娩介助件数は月平均7件から20件へと、ほぼ3倍になった。考えられる理由は、診療所スタッフが地域で行う健康教育の拡大と、MSFの寄贈した救急搬送車1台の相乗効果だ。

デルモは「救急搬送車は、分娩期や分娩後の急患女性を病院に運ぶ際に使用します。搬送先の病院は聖レオナルド診療所から、自動車でも2時間を要する場所にあり、救急の場合はこの所要時間が問題になることもあります。実際に、搬送車内で出産した事例もあるのです」と話す。

「変化をもたらす意欲がやりがいに」

レソトの母子保健に対する専門的支援に加え、MSFの健康教育チームが定期的に地域に出向き、HIV・結核検査や、遠隔地の健康意識の向上に努めている。HIVと結核の有病率が高い場所では、この第一歩が肝心だ。病気の発見・検査の方法、早期治療が開始できることを周知しなければならない。

可能な限り多くの人に接触し、地域住民の直接参加を募るため、MSFは地元の一般の人びとを「地域保健担当者」として育成し、HIV検査や診療所紹介の判断方法を伝えている。

デルモは次のように述べている。
「看護師であっても、地元のカウンセラーであっても、ともに活動するたくさんの人のモチベーションと、変化をもたらそうという意欲が、私の任務をいっそうやりがいのあるものにしてくれています」

関連情報