イラン:大都会の最貧地区、MSF診療所を訪れるのは......

2013年07月19日掲載

国境なき医師団(MSF)は、首都テヘランの最も貧しい地区の1つで、グランドバザールの南に位置するダルバゼ・ガルで1年余り活動を続けている。ダルバゼ・ガルでは、卸売商とその顧客、露天商、麻薬常習者、娼婦、ストリート・チルドレンがすれ違う。彼らは非常に不安定な立場に置かれ、ときによっては医療の利用も著しく困難だ。

テヘランは住民1200万人超の巨大都市圏で、南北約20kmに広がり、山をも飲み込もうかという威風だ。大気汚染でくすんだ空の下、首都の北部を出発するドライバーは、バンパー同士が触れ合うほどの渋滞にはまり、高速道路の外壁をにらむはめになる。それから(道路状況にもよるが)小1時間、グランドバザールをかすめ、駅前を抜け、ダルバゼ・ガルの小道の迷路に進入。ようやく到着した立派な3階建のレンガ造りの施設には、MSFの診療所が置かれている。

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地元の人も寄り付かない一角で

テヘラン南部に位置するダルバゼ・ガル地区

MSFのモナ・ラシュカリ助産師は「私も含めて大半の人がダルバゼ・ガルのことを知りません。皆、カーテンを買いにモラビ通りまでは来るのですが、そこで引き返してしまうのです。ここに診療所があること、麻薬常習者、娼婦、そして多くの貧しい人びとの治療にあたっていることを話しても、信じられないようです」と話す。

グランドバザールはありとあらゆる類の商売を引き寄せ、日雇い労働者は簡単な積み荷作業や建設業で食いつなぐ。この界隈の住宅は高価ではなく、管理は行き届いていないことが多い。ここは、ほかの場所に住める資金のない人びとがたどり着く場所だ。

「必要な治療が受けられる唯一の場所」

MSF診療所で診察を待つ女性たち

MSFはこの診療所で、難民やいわゆる"ジプシー"の女性、そして薬物依存の妊婦の治療にあたっている。彼らは治療費がなかなか払えず、保健省管轄の診療所まで行くこともできない。そのため、ここでの治療はすべて無償としている。

疎外され、偏見に遭い、ときに逮捕や収監の恐れもあるこの女性たちは、イランの公的保健医療システムを利用するための身分証明書も持ち合わせていない。ラシュカリ助産師も1日平均約30人の診療を担当し、産前ケア、妊産婦ケア、新生児ケアや家族計画の相談、避妊法の指導を行っている。

MSFのザルハ看護師は「この診療所は娼婦たちに希望を与えています。初めは警戒していますが、3度目の来院までにはその見方がすっかり変わっています。私たちが彼女たちを助けようとしていて、彼女たちのためにここにいるのだということがわかり、安心するのです。この診療所は、彼女たちが必要な医療が受けられる唯一の場所です」と話す。

母も兄弟も薬物依存、そして……

ダルバゼ・ガル地区の診療所でMSFの診察を受ける女性

ザルハ看護師の担当はトリアージ。すべての患者に検査をし、重症度や健康状態に基づき、優先順位をつける。それが、待合室を緊迫させることもある。黒いチャドルで全身を覆っている女性たちと真っ赤な口紅の女性たちが、辛抱強く隣り合って座ることなど期待できない。

2人の子どもを持つシュクリーさん(22歳)が最初にMSF診療所を尋ねたのは、幼い息子の治療のためだった。彼女は薬物依存症治療施設で、社会的支援と鎮痛薬メタドンの提供を受けている。そこで、息子をMSF診療所に連れて行くように勧められたのだ。

シュクリーさんの説明では「息子が頭を壁に打ち付け、硬直した両手が開けなくなってしまう」のだという。てんかんの発作だ。

シュクリーさんが結婚したのは17歳のころ。「結婚してから薬物依存症になったのではありません。母と暮らしているころから、依存状態でした。母も私の兄弟も常習者だったのです」

明日までしのぐために

毎日、薬物依存症治療施設に通い、メタドンを受け取る。以前は25錠も服用していたが、今はスプーン3杯のシロップ薬を服用している。ただし、定刻に遅れると薬をもらえない。薬物依存症患者の多くは、秩序感覚を失っている。その回復を図るため、治療施設ではメタドン投与の時刻を固定しているのだ。遅刻した場合は、翌日に再来院しなくてはならない。

シュクリーさんは「自宅にはネズミが住みつき、あちこちにひびが入っています。ですが、家を借りるお金はありません。夫はアフガン人で就労許可がなく、仕事が見つかっても、日々の生活費を何とかまかなえる程度の収入にしかなりません。就労許可がないため、逮捕されて、アフガニスタンに送還される恐れもあります。実際に送還されたこともあります」と話す。

子どもたちは彼女に寄りかかり、黒いベールのひだで遊んでいる。シュクリーさんはぼろぼろになった歯を隠すため、口元を覆っている。

「私たちの生活は破滅しています」と話して立ち上がった。波打った黒いチャドルを整えると、落ち着きなく走りまわっている子どもたちを呼び集める。時間通りに着いて、メタドンを受け取り、明日までしのげるよう、急いで治療施設に向かわなければならないのだ。

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