南スーダン:推定10万人が命の危険に......ジョングレイ州で何が?

2013年08月08日掲載

南スーダンのジョングレイ州南部で再び抗争が起こり、地域住民が集団でブッシュの中へと避難してから約3週間が経つが、現在も推定10万人が救急医療を受けられず、命の危険にさらされている。国境なき医師団(MSF)は現地で医療・人道援助活動を続けているが、これまで接触できたのは一部の人びとのみ。医療ニーズに援助が追いついていない状況だ。

MSFは1993年からジョングレイ州で活動。ピボール、ウロル、ニロルの診療所を拠点に1次・2次医療を提供している。また、暴力事件の発生に際し、必要に応じて緊急医療も行っている。2012年の同州におけるMSFの外来診療件数は13万692件。

記事を全文読む

雨季にブッシュへ避難、MSFが援助に奔走

避難しているブッシュの中でMSFの健康チェックを受ける人びと

2013年5月から始まった集団避難は、この地域で周期的に発生する部族間衝突と、時を同じくして起こったスーダン人民解放軍(SPLA)と武装民兵組織「ダヴィド・ヤウヤウ」による激しい紛争に端を発する。

部族間抗争の直後、MSFは州都ボルの病院で負傷者129人を含む248人の治療にあたった。他の地域で負傷した3人の患者は、ユニティ州レールのMSF病院に搬送した。7月16日以降、暴力の波が北上。MSFはランキエンの病院で負傷者21人を受け入れ、そのうち8人をレールやボルの病院に搬送した。

一方、MSFはブッシュに逃れた避難民の一部と接触することに成功した。MSFの緊急対応コーディネーターであるカトリン・キスワニは「7月21日以降、700人を診察しました。主に、呼吸器感染症やマラリアの治療と、長期避難による健康問題のケアにあたっています。雨季に入りブッシュでの生活環境は悪化していますが、人びとはまだ町へ戻るのを怖がっています」と説明する。

着の身着のままで来院する人びと

武力抗争に巻き込まれた負傷者を受け入れているボルの病院

ただ、この数日で、2万5000人を超える避難民が、隠れていたブッシュを離れ、助けを求めてグムルク村に入った。グムルクでMSFが運営する診療所にも、避難していた人びとが来院するようになった。

しかし、ほとんどの人は着の身着のままの状態だ。現地で活動する援助機関は、彼らの最も基本的なニーズにも対応できていない。ピボール・タウンのMSF病院が5月に攻撃を受けて破壊されてからは、グムルクの診療所が郡内唯一の医療施設となっている。

キスワニは「グムルクでは1日約100人の患者を治療しています。その数はさらに増加するでしょう。7月19日以降に来院した患者の一部には、何日も放置していたと思われる傷があります。そのほとんどが、女性や子どもです」と話す。患者の中には、心的外傷の兆候が見られる人もいる。

MSFは、ブッシュに身を隠している何千人もの避難民と、ほぼ身一つでグムルクに到着する人びとの健康について深く懸念しており、各陣営にジョングレイ州全域の人道援助活動尊重および保障を呼び掛けている。

患者たちの証言―― MSFのカトリン・キスワニによる聞き取り

証言1/目の前で父親が……

ある時、MSFがグムルクで運営する診療所に、3、4歳の息子を連れた母親がやって来ました。母親に状況を聞くと、「この子は、グムルクの南にある村から父親と逃げてきたのです。父親は追ってきた武装集団に撃ち殺され、この子が父親に近づいてきた男たちに殴りかかると、連中は川に投げ込み溺れさせようとしたのです」と言います。

母親は、息子を探し出しMSFの診療所へ連れて来たのです。少年は、首と腰の痛みで身体を動かすのも困難なようでした。マラリアにも感染していました。診察中に何度も意識を失い、繰り返し父親を呼んでいました。母親の話では、夜も悪夢にうなされており、精神的ストレスを抱えているのは明らかでした。

医療チームは、マラリアと発熱に対する治療を行い、抗生物質を与えてから、経過観察のために数日後に戻って来るようにと指示を出しました。

証言2/避難先で孤児となり……

MSFがグムルクで運営する診療所に連れて来られた3歳の男の子。臀部、肩、下肢に複数の銃創がありました。

武装集団から逃れるために家族でブッシュに隠れたものの、両親は撃ち殺されたそうです。同じくブッシュに隠れていた家族が彼を保護し、3つの家族の間を転々とした後、ようやくMSFの診療所に連れて来られたのです。

負傷してから7~10日が経過していたようです。状態は安定し歩くことも出来ましたが、創傷部の手術が必要でした。現在は、創傷部に包帯を巻き、抗生物質を投与し、数日後にMSF外科チームが到着するのを待っている状況です。

証言3/村が襲撃され……

MSFがドレイン地域のブッシュで移動診療を行っていると、60歳の女性がやってきました。レクウォンゴルから11日間歩き続けて来たとのことで、疲れきっていました。

村で襲撃に遭い、家畜を奪われ、彼女と息子たちは家を追われたそうです。最初の避難先はマニャボルでしたが、武装集団から逃れるためにさらに避難し、やっとドレインに辿りついたのです。彼女は、腫れた足の痛みに苦しんでいますが、しばらく休養すれば体調は元に戻るでしょう。

関連情報