病院への攻撃が相次ぐ「世界一危険な国」。銃口は赤ちゃんにも向けられた

2018年02月13日掲載

銃弾はクリステルさんの骨にまで到達していた 銃弾はクリステルさんの骨にまで到達していた

「最初の銃弾が13歳の女の子に当たり、私はすぐ地面に伏せました」。クリステルさん(24歳)は話す。「銃撃は続き、私も足首を撃たれました。病院の隣の仮設テントにいた2~3歳の子どもにも弾が当たりました。即死でした」。クリステルさんは病院で足の手術を受けたが、まだ完治していない。

中央アフリカ共和国の北部バタンガフォ病院を武装兵が奇襲したのは、2017年9月8日のこと。7月下旬に戦闘が激しくなり、当時クリステルさんを含む1万6000人がバタンガフォ病院の敷地内で避難生活を送っていた。その多くが、自宅を焼かれ、身近な人が殺害される経験をしていた。

乳幼児も容赦なく殺される

国境なき医師団(MSF)のスタッフ・デブラは7月11日、ゼミオ病院の襲撃を目の当たりにした。「病院に侵入した武装勢力から、ある家族をかくまおうとしたのですが、2人の武装兵に見つかってしまいました。男たちは銃を突きつけ、お母さんが抱いていた赤ちゃんを撃ちました」

破壊され、略奪されたMSFのゼミオ病院 破壊され、略奪されたMSFのゼミオ病院

その1ヵ月後にもゼミオ病院は銃撃戦の場となり、病院の敷地内に避難していた7000人に銃口が向けられた。ゼミオ住民2万2000人にとってこれが転機となり、逃げられる人はみな国境を越えて隣国コンゴ民主共和国に入り、現在は難民となっている。

医療施設やスタッフを約40回襲撃

8月21日には南東部バンガッスーで事件が起きた。MSFアウトリーチ活動(※)看護チームリーダーを務めるペレはこう説明する。「救急車の周りに武装兵がいて、空に向け発砲していました。私たちは患者を病院に移送している最中でした。奴らは本当に気が立っていて、人を脅し、誰の言うことも聞きませんでした」。ペレを含むアウトリーチ活動チームと患者1人は、武装兵に数時間身柄を拘束された。

  • 医療援助を必要としている人びとを見つけ出し、診察や治療を行う活動

バンガッスーの情勢は2017年5月以降悪化し、大半の住民は隣国コンゴへ逃げ出した。約2000人のイスラム教徒がカトリック教会の敷地内に避難し、国際援助団体からほとんど援助を受けられないまま命をつないでいる。ここで紹介したのはわずか3人の体験談だが、昨年クリステルさんやデブラ、ペレと同様に残虐な暴力行為をくぐり抜けた人は数千人に上る。

バンガッスー住民が避難するカトリック教会の学校
バンガッスー住民が避難するカトリック教会の学校

世界で一番危険な国

マシェット(大きな草刈り鎌)で切りつけられ、棒で殴打された男性患者 マシェット(大きな草刈り鎌)で切りつけられ
棒で殴打された男性患者

「過去1年間で治療したのは、銃で撃たれ、刺され、殴られ、(焼き討ちで)やけどを負い、レイプされた患者ばかりでした」とMSFの活動責任者フレデリク・レ・マナンツォアは話す。「2017年、民間人に対する暴力行為は最悪レベルに達しました。2013~2014年の紛争で最もひどかった期間に匹敵する事態です」

MSFチームはこうした恐ろしい話を患者から聞くだけでなく、個人的にも体験している。2017年、MSFは月平均3回襲撃され、医療施設、車両、スタッフが被害を受けた──。民間人と援助団体を標的にした事件は他の場所でも相次ぎ、中央アフリカ共和国は人道援助スタッフにとって世界で最も危険な国となった。

ゼミオでMSFのアシスタント・プロジェクト・コーディネーターを務めていたピエール・ヤカンザは「病院の襲撃後、私は コンゴへ逃げざるを得ませんでした」と話す。数ヵ月前、地元住民の大半とともに町から避難した。「一晩中歩き続け、カヌーで川を渡りました。ゼミオにはとどまれませんでした…… 行政もなく、誰もがやりたい放題でしたから 」

2017年、この国の 5人に1人が暴力のために家を追われ、避難を余儀なくされた。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、国内で避難生活を送る人の数は2017年末時点で68万8000人に達し、紛争が激化した2013年以降で最多となった。そのほか、54万人以上が難民として周辺諸国に身を寄せている。

数千世帯に影響を及ぼす暴力の余波

MSFは負傷者の治療にあたるほか、紛争で受診できずに症状が悪化した慢性疾患の患者や妊婦を診療している。

2017年中ずっと暴力行為が続き、食べ物や水を手にいれるのは難しくなってしまった。住まいも奪われた。教育の機会も奪われた。必要な治療が必要な時に受けられない。人びとは窮地に追い込まれている 。

バタンガフォ病院の敷地で生活する避難者(2017年8月撮影) バタンガフォ病院の敷地で
生活する避難者(2017年8月撮影)

それでも病院はこれまで、人びとが安心できる数少ない場所だった。数千世帯が一度に病院へ避難し、何ヵ月も敷地内で生活することもあった。だがもはや病院すら安全ではない。2017年、負傷者を搬送する救急車が足止めされたり襲撃に遭ったりした。医療施設内で無差別銃撃が起こり、入院患者が残酷に処刑されたこともある。中央アフリカ共和国では、このようなことが日常茶飯事となっている。

人道援助の原則を完全に無視して病院が攻撃されてしまえば、MSFが患者とスタッフを守り、活動を続けるのが難しくなってしまう。 情勢が悪化して活動を停止する難しい決断を迫られた活動地もある。バンガッスーではMSFが退避したことで、命を救えるはずの患者が援助を受けられずにいる。

行き場を失い、増え続ける難民

今年の展望も明るくはない。「医療体制はないに等しく、さらに医療施設、患者、救急車が絶え間なく襲われ、事態は悪くなる一方です」とオペレーション・マネージャーのクリスティアン・カッツァーは話す。「何千もの人が医療援助を受けられないでいます。予防できる病気で大勢が死んでしまうでしょう。マラリア、下痢、呼吸器感染が5歳未満児の三大死因となっています」

武装兵に襲われ、パウア病院で傷の手当てを受ける男性 武装兵に襲われ、パウア病院で傷の手当てを受ける男性

2018年も暴力行為の発生で幕を開けた。今回は国の北西部、パウアと近隣のマルコンダ町だ。10人ほどの負傷者がパウア病院で治療を受けた。負傷者によると、無差別に攻撃され、村が焼き討ちに遭い、多数の死傷者がブッシュの向こう側に残されているという。銃弾やレイプや略奪から逃れ、新たに6万6000人が国内で避難し、2万人が国境を越えてチャドに入国した。このような攻撃は国際人道法だけでなく中央アフリカ共和国の国内法にも違反している。

普通に生活をしていた人たちが行き場を失う。2018年もその未来は見通せないままだ。

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