イタリア・フランス:「最後の前線」で起きていること――移民・難民問題

2017年08月09日掲載

シリア出身のハディ君(6歳)。
自宅が爆撃に遭って一家でリビアに避難しが、身の危険を感じて欧州へ。
ドイツにいる親類のもとを目指しているが……。

ゲブレールさん(28歳)はここ1ヵ月、イタリア北部のヴェンティミーリアの橋の下で寝泊りしている。なんとかフランスに入りたいのだが、国境線を越えられない。同じように、命がけで地中海を渡ってきた数千人の移民・難民がイタリア国内で足止めされている。

彼はアフリカ中部の国、スーダンのヌバ山脈の出身だ。父親は地域の抗争に巻き込まれて殺害された。残された家族を養うため、2014年にリビアに出稼ぎに向かった。厳しい条件での労働が3年も続いた頃、身代金目的で誘拐され、今度は1年もの間、"生き地獄"と化した日々が続いた。

イタリアで足止めされて……

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家族を養うために残された道

ヴェンティミーリアの橋の下で寝泊りする人びと

寒い地下室に1年も閉じ込められた上に、犯人グループに足を撃たれた。患部はその後、切断することになる。ようやく解放されたとき、彼に残されていた道は、命がけで欧州にわたって仕事を見つけることだけだった。

「病気と過労で大変でしたが、なんとかイタリアまでたどり着きました。でも再びここから進めなくなり、苦しい思いをしています。鉄道でフランスに入ろうとしたのですが、3回ともダメでした。脚力が弱ってしまっているので山を越えて行くこともできません」

「死の道」を選ぶしかなく

イスマエルさん(22歳)はパキスタンを離れ、セルビアで11ヵ月も
隠れ住むなどの“旅”を経て1年半かけてイタリアにたどり着いた。
そしてもう20日間も足止めされている。

地中海をわたってイタリアにたどり着く亡命希望者は、2016年には18万人を超え、過去最多となった。国連難民高等弁務官事務所によると、2017年もすでに9万4391人がイタリア沿岸に到着している。その多くは既に出国したか、フランス入りを少なくとも1回は試みたとみられている。

ヴェンティミーリアは亡命希望者にとって重要な通過地点になっている。多くはイタリア南部の海岸から北上してたどり着く。他には、収容センターで亡命申請をして結果待ちをしていた人や、申請が却下された人も集まってきている。

足止めされている人びとによると、ヴェンティミーリアからフランスに入る2つの方法がある。体力がある人は密入国業者に費用を払い、山中のけもの道のような危険なルートでフランスのマントンに向かう。

「死の道」と呼ばれるほど危険な高速道路を闇に紛れて歩いて行く人もいる。たいていはフランス入りが成功するまで何度も挑戦を繰り返す。警察に見つかって強制送還されることも多いからだ。その場合は山のイタリア側のふもとで寝泊りし、夜を待ってまた挑戦する。

中にはヴェンティミーリアからマントンに通じる鉄道のトンネル内を歩く人もいる。2016年9月以降、10人がこの方法で命を落とした。

人道援助への社会的圧力

フランス側の市民活動家が用意した一時滞在キャンプ

地元のボランティアは人びとのこうした日々を少しでも楽にするために活動している。例えば、ヴェンティミーリアのサン・アントーニオ・アレ・ジャンチェット教会では約100人を受け入れ、食事を提供している。

対象は子どものいる世帯だ。教会にはボランティアの医師がおり、MSFの助産師と心理療法士と通訳も毎日訪問している。MSFは橋の下で寝泊りしている人びとのもとも巡回し、2017年だけでも1860人の患者を診療した。

ヴァンティミーリアの郊外では赤十字社が一時滞在キャンプを運営している。7月時点では約500人が滞在していた。対象者は独身の成人男性としていたが、6月末からは保護者がいない未成年者も受け入れている。

夏をむかえて到着者が増え続けている結果、仮住まいを確保できない人も増える一方だ。平均して150人、多い時には300人が水や電気などライフラインがない非人間的な環境下で生活している。

フランス側では、市民活動家が態勢を整え、山を越えて到着する人びとの援助にあたるようになった。しかし、こうした活動が社会の圧力にさらされている。2016年には、イタリアから不法入国した人びとを援助したことを理由に、数人の活動家が起訴されている。

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