エボラ出血熱の新たな流行で得られた5つの教訓

2017年07月03日掲載

アフリカ中央部、コンゴ民主共和国で2017年5月、エボラ出血熱の新たな流行が報告された。流行地域はへき地の森林地帯で、4人が命を落としたものの、感染規模は確定例5件と感染疑いの3件と小規模に抑えこまれた。

今回の流行は、2014~15年の西アフリカ一帯での大流行が終息してから初の事例だった。今回も緊急対応にあたった国境なき医師団(MSF)が、そこで得た教訓をお伝えする。

最前線で活動できる保健医療従事者を養成すること

研修を受けるリベリアの保健医療従事者 エボラ大流行で崩壊した医療体制の復旧が急務だ 研修を受けるリベリアの保健医療従事者
エボラ大流行で崩壊した医療体制の復旧が急務だ

今回の流行が小規模にとどまった理由の1つが、デューメルシ看護師長の働きだった。彼の名前はフランス語で「神よ、感謝します」を意味する。

デューメルシ看護師長はコンゴ北東部にある保健医療施設で勤務している。今回の流行の最初期に複数の症例が報告された地域だ。

重病の男性がエボラに感染している疑いがあると判断した彼は、すぐに注意喚起を行った。この男性はのちに、今回の流行で2人目の感染例であることが判明した。

流行の実態が把握されて感染制御策が講じられるまでは、地域の保健医療従事者が第1の犠牲者となってしまい、保健医療施設がウイルス拡大の起点となってしまう恐れが大きい。実際に、西アフリカの流行では、エボラ出血熱だと気づくまで何週間も野放しだった。

ただ、2014年以前の西アフリカとは異なり、コンゴではエボラは知られている。エボラウイルスが初めて発見されたのもコンゴ国内で、エボラ川沿いの地域だ。そこから100kmほど離れた場所を流れるリカティ川沿いの地域が今回の流行の場所となった。だからといって、エボラがその地域で一般的な病気というわけではない。それでも、デューメルシ看護師長は症状を見分けたのだ。この素早い対応を"当然"だと考えるべきではない。

彼が勤務している診療所がある村は、道路沿いに住民1000人が寄り添うように暮らしている。その数百メートル先には世界で2番目に広大な熱帯林が広がっている。電話線は引かれておらず、携帯電話も圏外だ。電力は太陽光パネルと数台の発電機に頼っている。太陽光パネルは破損したら修理に何ヵ月もかかるだろう。発電機には常に燃料切れの心配がつきまとう。

地域の保健医療従事者は、住民の健康だけでなく、エボラ、コレラ、はしかなどの致命的な感染症の疫学的監視でも重要な役割を担う。しかし、人材は多くの発展途上国で依然として不足している。例えば、重病の男性が搬送されてきた日にデューメルシ看護師長が不在だった可能性もあるのだ。

現場での疫学監視という重要な役割を属人的な業務としてはならない。社会基盤にさまざまな不足部分がある国において、地域の保健医療従事者による監視体制こそが適切な対策だからだ。西アフリカではそれが明らかに欠けていた。

今回の流行が小規模に抑えこまれたのは、ひとえにデューメルシ看護師長のおかげだ。エボラであれ、別の感染症であれ、病気が流行し始めたときに、すぐに注意喚起を行う"第2のデューメルシ"が登場することを願う。

常に「後悔先に立たず」の気持ちで対応にあたること

コンゴでは過去にもエボラ流行がおきている(2014年9月撮影) コンゴでは過去にもエボラ流行がおきている
(2014年9月撮影)

西アフリカで1万1300人以上の命が奪われ、2万8000人以上が感染した流行を経験し、「エボラ」という単語の響きが変わった。デューメルシ看護師長の注意喚起は世界を震撼させた。コンゴ政府は速やかに流行対策チームを投入し、世界保健機関(WHO)やその他の組織はコンゴに手厚い支援を送った。

MSFプロジェクト・コーディネーターのヘンリー・グレイは、今回だけでなく、これまでにもコンゴ、ウガンダ、西アフリカで合計7件のエボラ出血熱に対応している。グレイは今回、過去の同規模の流行と比べ、かなりの重圧を感じていたという。それだけ世界中からの関心が集まっていたからだ。

「エボラに関しては、2014~15年の大惨事を繰り返さないために『後悔先に立たず』という教訓を得ました。しかし、コンゴなどの国ではコレラやはしかなどの主要かつ命にかかわる病気も流行しています。その対策面で、エボラの教訓が生かされていないことは残念です。今回のエボラ流行が一段落し、一部のスタッフを、コレラ流行が深刻化しているキンペセに異動させました。これまでに1100人を治療しています。コンゴの保健医療ニーズの大きさを考えれば、追加的な支援はいつでも大歓迎なのです」

定石は古びない――基本を忘れないこと

エボラ流行地域での調査・監視を行う MSFの疫学専門家たち(2015年1月撮影) エボラ流行地域での調査・監視を行う
MSFの疫学専門家たち(2015年1月撮影)

特効薬やワクチンといった新たな対策への期待感がふくらみ過ぎて、感染制御の基本がぼやけてはならない。

第1に効果的な疫学的監視が必要で、これに続くのが患者の安全な隔離と治療だ。さらに、未確認の新規患者の積極的な捜索および患者と接触した人の監視、死亡者の安全な埋葬、被害地域の人びととの連携、そして心理的な支援の提供。この5つの柱が重要だ。

西アフリカではエボラ流行で保健医療システムそのものが崩壊した。その結果、エボラの直接的な犠牲者よりも、医療を受けられないことによる間接的な犠牲者のほうが多くなった。子どもたちは予防接種が受けられず、難産に対応できる医療者の不足で母子が命を落とし、治療を受けられないままマラリアが重症化して命を脅かす……。

世界各地の保健医療関係者がエボラの流行抑止の手助けに駆けつける時には、資金や設備の規模が小さなローカルの保健医療施設で、職員の研修、最低限の防護装備の確保、応急処置用の物資の確保、マラリアなどの広域感染症の基礎医薬品の備蓄などに携わるべきだ。

MSFはコンゴでの長年にわたる活動経験から、最前線の保健医療従事者の研修は、たとえ臨時で行われたものであろうと、疫学的監視のための行動の質の向上につながり、効果が持続することを認識している。

また、国際支援を提供する目的は、エボラの感染制御のためだけではないという視点も必要だ。最も重要な目的は、被害を受けた人びとへの援助である。経済力の弱い地域で保健医療は無償とされるべきだ。

たとえば、発熱で検査のために保健所に搬送されたもののエボラには感染していなかったと確定した人に、検査費と交通費を請求すべきではない。検査費・交通費の合計は数ドルで、感染制御にかかる費用総額に占める割合はごくわずかだ。しかし、貧困地域では数ドルでも重い負担となる。結果的に患者が検査や治療に来院することをためらってしまいかねない。

地理的な要因を考慮すること

バ・ウエレ州内を行くMSFチーム リカティもこの州に属している(2016年6月撮影) バ・ウエレ州内を行くMSFチーム
リカティもこの州に属している(2016年6月撮影)

西アフリカ以前のエボラ出血熱の流行地域のほとんどがそうだったように、今回の流行も都市部から非常に遠く離れた森林地帯の奥地が発生地だった。その周辺では、おそらくオオコウモリの体内にエボラウイルスが存在し、サル、類人猿、そしてヒトに感染することが以前から知られていた。

地域内外の移動が多い住民もいるものの、その範囲と速度は交通手段の限界内にとどまる。つまり、ほとんどの場合、徒歩かバイクの範囲内だ。

デューメルシ看護師長の勤務先の村から45km先にあるリカティの人口は1万8000人。荘厳な聖堂と(設備不足だが)立派な病院は、地元のコーヒーや綿の大規模農園と他地域が鉄道で結ばれていた時代の名残。その鉄道も今は森に覆われつつある。

エボラ治療センターの設置に必要な物資の第1便は、リカティからバイク便でデューメルシ看護師長の村に送られることになった。その2地点をつなぐ道路の修復に2日が費やされている。あちこちで倒木が道をふさぎ、仮設橋が崩落していたからだ。

バイク走行が可能となったあとも修復は続き、四輪駆動車が通れる程度にまで復旧した直後に流行は終息した。ただ、何年も車を目にしていなかった村民が続々と道路周辺に集まってきていた。

対照的に、西アフリカでの流行が始まったギニアのゲケドゥは、バイクなら2日で首都コナクリに到着する。コナクリの人口は250万人だ。

そう考えると、今回の流行は西アフリカ以前の流行と同じく、隔絶された地域だという点が感染制御を成功させる役割を果たした。

医療革新だけでは物事は進まない

実用化に期待が高まっているワクチン「rVsV-ZEBOV」 実用化に期待が高まっているワクチン「rVsV-ZEBOV」

MSFは開発中のエボラ治療薬を使用することに前向きで、準備を進めてきた。しかし、今回の流行は実験薬の使用許可の手続きが完了する前に終息し、実用に至らなかった。

ただ、医療プロトコルの策定を加速させ、試験段階の新薬の可能な限り安全で倫理的な使用を期待させる推進力にはなった。

最も研究が進んでいるワクチン「rVsV-ZEBOV」も試験段階であることにはかわりなく、研究プロトコルの範囲内での使用が求められる。良好な臨床実務のもとで、インフォームド・コンセント(説明と合意)を含む研究プロトコルを立案し、ワクチン使用の計画を立てることが必須だった。

MSFは研究プロトコルをつくり、内部の倫理審査委員会の承認も得て、流行が発生した場合に備えていた。MSFの研究機関「エピセンター」の専任チームもこのプロトコル実践のための派遣を待っていた。

しかし、コンゴ保健省との協議が始まったのは流行が宣言された後のことだった。集団予防接種との違い、地理的な課題、コールドチェーン(低温輸送システム)確保についての課題など、援助内容の説明に時間が費やされた。

それでも、MSFは全ての規制当局から許認可を取得した。これは、再びエボラが流行した場合に役立つだろう。

今回の流行の規模は限定的で、速やかな抑止策が講じられたことから、最終的にワクチンは必要とされなくなった。高確率で、次の流行も似たような環境で発生するだろう。その時に備え、最も適切な対応で流行を食い止める方法を、私たちは学び続ける。

エボラ出血熱について、MSFは実地での治療・予防を豊富に経験している世界有数の団体だ。1990年以降、サハラ以南のアフリカで10件以上の流行に対応してきた。

リベリア、ギニア、シエラレオネを中心に被害をもたらした2014~15年の大流行の際は、MSF史上で最大規模の緊急活動を展開。合計1万310人の患者を受け入れ、そのうち感染確定は5201人だった。これは世界保健機関(WHO)が確認した全患者数の3分の1を占める。MSFが2014年3月から2015年12月に投じた対策費は1億400万ユーロ(約133億1720万円) に達した。

流行発生直後の5ヵ月間、MSFは被害国の全入院患者の85%以上に対応していた。流行のピーク時には、約4000人の現地スタッフと325人以上の外国人派遣スタッフを投入。エボラ治療センターの運営、疫学監視の実施、感染者が接触した人の追跡調査、健康教育、心理ケアにあたった。

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