イラク: 危機はモスルだけではない!――アンバル県からの報告

2017年06月22日掲載

避難キャンプ内でMSFが運営している診療所 避難キャンプ内でMSFが運営している診療所

イラクのここ十数年は戦争に次ぐ戦争だった。子どもたちは重い空気に包まれた家庭で育ち、避難キャンプや故郷の町のがれきの中で生活してきた。どの紛争も傷跡を残していった―─目に見える傷も、目に見えない傷も。

国境なき医師団(MSF)はイラク各地で医療・人道援助を提供している。5万人以上が身を寄せているアムリャト・アル・ファルージャ・避難キャンプも活動地の1つ。そこでは身体の治療だけでなく、心の治療、すなわち心理ケアの提供も重要な活動だ。

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身の上話を2003年からはじめる人びと

過激武装勢力「イスラム国」がアンバル県を支配下に置いた2014年には、数千人が避難した。2年後の2016年、イラク軍がアンバル県を奪還した。しかし、避難者の多くはまだ帰宅を見合わせており、援助がほとんど届いていないキャンプで避難生活を続けている。

アムリャト・アル・ファルージャ・キャンプでは、MSFは診療所を運営している。外傷治療を担当しているチームと、心理療法士4人と精神科医1人で編成された心理ケア担当のチームが活動している。

MSFの心理療法士兼心理ケアマネージャーを務めるメリッサ・ロビションは「イラクの人びとは心に傷が残る事件をいくつも、何年にもわたって体験してきました。身の上を話すときに2003年から始める傾向にあります。イラク戦争以降、絶えず紛争と暴力と隣りあわせで生きてきたからです」と話す。

暴力で家族を奪われ、常に命の危険を感じ、十分な食糧もないまま自宅にこもるしかない現状。子どもが泣いていても安心させることもできないのだ。

「終わりなき悪夢のようです。避難民キャンプにたどり着けば安全は一応確保されますが、将来の見通しは立ちません。避難生活はつらいものです。酷暑、酷寒にさらされ、仕事はなく、帰宅できないのです。自宅が破壊されてしまった人も多数います」

避難で生活が一変して……

両脚のやけどでMSFの治療をうけているラスル君

ラスル君(8歳)はファルージャ出身で、家族と一緒に避難キャンプに滞在している。先日、両脚にやけどを負って入院している。「お父さんがヒーターに燃料を入れていて、燃料に火がついたんです。そばで遊んでたから両脚に……」。病院での生活は8日間が過ぎた。「傷口をきれいにして包帯を交換してくれるんだけど、すごく痛いです。退屈だし、もう、うちに帰りたい」

ラスル君の一家が自宅を離れてもう1年近くになる。母親のブシュラさんは「なにもかも置いてきました。家や家財がどうなったかわかりません。あそこには戻れないでしょうね。確か軍隊が駐留していて、地域の爆発物を撤去していると聞きました」と打ち明ける。

ブシュラさんの親せきも紛争でばらばらになってしまった。「おじといとこは殺されました。兄弟姉妹や家族はバグダッドやクルド人自治区の避難キャンプにいます。以前はよく行き来していたのに、いまでは話すこともできません」

心の傷の影響は何年も続く

キャンプ内でタイヤで遊ぶ少年

暴力、避難、家族との別離など心の不調につながるきっかけは多い。ロビション心理療法士は「不調の症状は人によって異なります。男性の患者さんたちは無力感を訴える傾向にあります。家族を養えないことがストレスなのです。精神的苦痛を攻撃的な態度で表現することもあります」と説明する。

一方、女性は、長年の紛争で社会的なつながりが断ち切られたことの影響を強く受けている。特に、単独で避難生活を送っている女性は苦難を感じているという。「単独の女性たちは孤立を深めています。夫の同伴がなければキャンプ内を出歩くことも難しいからです」

また、10代の少年少女やそれ以下の子どもたちは特に弱い集団だという。心の傷は心身の発達や機能に大きな影響を及ぼすことがあるからだ。感情制御の問題、学習障害、健康を危険にさらすような行動障害が起きることもある。

「影響は何年にもわたって続く場合があります。子どもたちは自ら助けを求めることができないからです。MSFは地域保健担当者を通じて学校やキャンプ内の子どもたちの居場所をまわっています。また、大人たちにも心的外傷について理解を深めてもらうよう働きかけています」

モスルだけではないイラクの危機

MSFがキャンプ内で提供している心理ケアと精神科治療はアンバル県内でも貴重な活動で、中等度から重度の患者を対象としている。ニーズは膨大だが、国際社会の関心は高くない。大半はモスルの情勢に注意を向けているからだ。

患者数や心的外傷の重症度から、心理ケアへのニーズが高いことは明らかだ。一方、心の病気の治療には"偏見"の壁が立ちはだかっていることも事実だ。ロビション心理療法士は「治療で改善するはずの患者でも、周囲の目を気にして心理ケアプログラムに参加しようとしないのです」と話す。

精神科医や心理療法士の不足も課題で、MSFはイラク人スタッフの研修に力を入れている。スタッフのなかにも心の傷を負っている人はいる。患者と同じ地域の出身で、同じような体験を経ているからだ。

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