イラク: 国境なき医師団が見た避難キャンプの現状

2017年04月19日掲載

胸部の感染症でMSFの診察を受ける男の子 胸部の感染症でMSFの診察を受ける男の子

イラク北部のティクリート近郊に設置されているアル=アラム・避難キャンプには約8000人が身を寄せている。各町村は紛争で荒廃し、食糧も燃料も薬も不足する状況で、住民たちは安全と支援を求めて避難してきたのだ。キャンプ内の診療所は国境なき医師団(MSF)が運営している。早朝から列ができ、待合スペースはあっという間に子どもと母親たちでいっぱいになってしまう。

キャンプは2つの区画にわかれ、それぞれの周囲を背の高い金属性の柵が取り囲んでいる。強い風が吹き付け、鋼色のくすんだ空の下にうずくまっているテントの間を、サンダル履きの薄着の子どもたちが走り回って遊んでいる。キャンプの出入り口には新たに到着した人びとの列。わずかな私物を持っているのみで、避難民登録とテントの割り当てを待っている。

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一晩中歩き通した避難中に

テントで生活している避難者の一家 テントで生活している避難者の一家

MSF医療コーディネーターのジェラルディーヌ・デュクは「誰もが極めて無力で、人道援助に頼るしかありません。手で持ち運べるだけのもの持って到着する人も多くいます。ここは気候も極端で、冬の気温は零下まで下がる一方、夏の日差しは焼けつくようです。住居はテントで、寝るときは地面か薄いマットレスのみです」と状況を説明する。

ハウィジャ地区出身のハリドさん(19歳)一家がアル=アラムにやって来たのは2016年10月だった。「一晩中歩きました。捕まる心配があるので道路は通りませんでした。その途中で拾い上げたものが、手の中で爆発したんです」

ハリドさんは腕と頭に重傷を負い、複数の病院で何度も手術を受けた。今は患部を清潔に保護するためにMSFの診療所に通っている。

幼い娘に心臓疾患が

MSFの移動診療の順番を待つ人びと MSFの移動診療の順番を待つ人びと

ハウィジャ地区はこの2年余り、過激派勢力「イスラム国」の支配下にあった。2016年8月に軍事行動が強まり、大勢の住民が脱出。食糧・燃料不足の中、安全な場所に至るまでの危険な旅を続けなければならなくなった。

2014年初頭からこれまでに300万人を超えるイラク人が紛争で住まいを追われている。保健医療システムは崩壊し、医療ニーズは増え続けている。

MSFはアル=ハジャジ・シロの一時滞在キャンプとサマドでも心理ケアを含む医療援助を提供している。サマドはアル=アラムの近隣で、避難者は未完成の建物内を仮住まいとしている。

ハウィジャから徒歩でアル=ハジャジ・シロにたどり着いた3人の女性が、MSFの移動診療の順番を待っていた。2人の赤ちゃんを連れている。半年ほど前の同じ晩に生まれたというが、1人はかなり小さい。

「娘は心臓の病気なんです。夜通し歩いてあの山脈を越えて来ました。ハウィジャには十分な食糧がないからです。医師もおらず、燃料をはじめ薬や石けんに至るまで何もかもがとても高価になっています」

MSFが心理ケアを提供している理由

アル=ハジャジ・シロに設置されている一時避難キャンプ アル=ハジャジ・シロに設置されている一時避難キャンプ

避難者のほぼ全員が凄惨な暴力を目撃したり経験したりして、時には精神的な問題を抱えている。避難の道のりや避難生活、大切な人との別れなどの心の傷に、投薬療法の不足が加わり、精神状態が悪化している。

さらに、劣悪な生活環境と先行きへの不安が精神的ストレスに追い打ちをかける。だからこそ、心理面の支援がMSFの活動の肝心な構成要素となっているのだ。

MSF心理ケア・アクティビティ・マネージャーのアナ・マーティンズは「ストレスと心の傷による症状を伴う患者が多くやって来ます。心に傷を負う体験も1回や2回ではなく、そうした痛ましい出来事と暴力に絶えずさらされているんです。そのことが、パニック発作、心的外傷後ストレス障害、睡眠障害、全身の痛みといった症状に表れています」と説明する。

人びとは身動きが取れない

MSFは心理・社会支援カウンセラーと協力して対応している。ただ、一部の患者は症状が重く、精神医学の専門的な対応を必要としている。しかし、実現は難しい。

マーティンズは「サラヘッディン総合病院には精神科医が1人しかおらず、向精神薬による適切な治療を常に受けられるとは限りません。また、検問所を抜けて病院に向かうには安全検査を受ける必要があり、移動そのものも難題なのです」と話す。

避難者は身動きが取れない状態だ。"安全な地域"の生活環境は理想的とは言えず、一方、混乱が続いて最低限の生存条件も整わないことから、帰宅することも難しい。

MSFは2016年8月からティクリート周辺のキャンプや非公式キャンプで移動診療を展開し、一般診療、慢性疾患の治療、心理・社会面の支援を提供。2017年1月には、容体安定化の機能を持つ常設診療所をアル=アラム・キャンプに開設した。

MSFのイラクでの活動は2006年から。独立性を維持するため、同国内のプログラムには各国政府、宗教組織、国際機関からの資金は一切使用せず、活動実践にあたっては世界中の一般市民による民間の寄付だけを財源としている。イラクで活動に携わるMSFスタッフは1600人を超える。

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