熊本地震:発生から1年、当時の活動は?今の状況は?

2017年04月14日掲載

熊本地震から1年。本震直後から被災状況の調査を行った国境なき医師団(MSF)は、南阿蘇村を拠点とし、仮設診療所での診療と、周辺地域への移動診療を行うことを決定した。活動開始に至る調査の段階からメンバーの一員として活動したMSF日本会長の加藤寛幸医師と、自らも被災者であり、MSFの活動にただ1人地元から参加した看護師長尾公代さんから、当時の話と今の状況を語ってもらった。

地震発生からMSFの活動開始までの記録はこちらから

当時を振り返って――初動メンバーとして現地入りしたMSF日本会長加藤寛幸のコメント

白水の仮説診療所で診察する加藤医師 白水の仮説診療所で診察する加藤医師

本震の翌日に現地入りし目の当たりにした、崩れ落ちた家々、不安な表情を浮かべながら避難所で肩を寄せ合う人たちの姿を忘れることはできません。南阿蘇での活動開始後は、必死に活動に当たりました。いつも支援してくださる日本の皆様や、被災者でありながら活動を支えてくださった地元の多くの方々の気持ちがあってこそ、大きな余震が続く中でも活動を続けることができました。

MSFはアフリカや中東でのみ活動していると思われがちですが、決してそうではありません。阪神淡路大震災、東日本大震災など国内においても活動を行なってきました。私を含め多くのMSFスタッフは、必要とされるなら日本の人たちの役に立ちたいと強く願っています。

熊本地震から1年を迎えるにあたり、被災地の1日も早い復興を願うとともに、再び日本のどこかで私たちが必要とされることがあるとすれば、そのニーズにしっかり応えられるよう準備をしていきたいと思います。

南阿蘇はいま――MSFと一緒に働いた現地看護師からの声

MSFの一員として働いた2週間

長尾さん(右から2番目)と一緒に働いたMSFスタッフ 長尾さん(右から2番目)と一緒に働いたMSFスタッフ

大きな被害を受けた南阿蘇白水地区に住む長尾さんは、隣町の役場で介護や病気の予防指導、地域包括支援センターで介護の仕事についていたが、退職した翌年地震に見舞われた。本震の後、家族や親せきの無事は携帯電話で確認できたが、停電でテレビが見られないため周囲の被災状況がわからなかった。近くにある役場の白水庁舎に行ってみると、そこにはすでに多くの人びとが避難していた。

「村の保健師は被害の大きかった長陽地区の救護に向かって不在だったので、1人だけ残っていた保健師さんに、看護師だと名乗り手伝いを申し出ました」

地域の中核病院であった阿蘇立野病院が被災し、持病を抱え行く先を失った患者からの問い合わせも増えていた中、MSFの診療所が白水庁舎に仮設されることになった。そして長尾さんは、MSFの一員として働くことに。

「被災者の立場になって、はじめて緊急医療援助団体の存在を実感しました」

高齢化の進む南阿蘇では、慢性疾患を患う人が多く、そんな人たちに薬を仮設診療所で出してあげることができた。また、同じ被災者でありながらも不眠不休で働く役場職員の方にも、遠慮なく診療を受けさせてあげることもできた。

「何より、交通が遮断され孤立化していた場所に、診療所が開設されたというそのことが、人々をすごく安心させたと思います。そしてMSFの医師が患者さんに寄り添い、にっこりと優しく話を聞いていたのが印象的でした。緊張をほぐす関わり方をしてくれたんです」

「診療所はMSFでうまく回っていましたが、私は地元の言葉を話せて土地勘がある、そして昔なじみも多いからこそ、住民の立場に立つことで安心感を与えたり、他のMSFスタッフと患者をつなげたりできたのかなと思います」

南阿蘇の今

MSFの仮設診療医所があった白水庁舎を再訪した長尾さん MSFの仮設診療医所があった白水庁舎を再訪した長尾さん

本震から半月が経過し、仮設診療所での診療件数も減少、地区の診療所も再開したためMSFは2016年5月4日に活動を終了した。MSFの仮設診療医所があった白水庁舎も、その役目を終えて保健センターとして業務を行っている。

現在、白水地区の医療体制はほぼ復旧したものの、夜間診療は行なわれていない。立野地区では断水が続き、阿蘇立野病院は今も休業中。それでも阿蘇の人びとはお互いを支えあい、何事にもへこたれない気質があると長尾さんは話す。

「自宅の近くに家が倒壊した家庭がありますが、暗い顔は見せません。子どもたちも明るくしています。鉄道の不通などを理由に村を離れて熊本市内などに転居してしまった子どもたちをニュースで見ると、早く帰れる時が来るといいなと思います」

長尾さんは3月に大津町の仮設住宅を訪問。いつ自宅の再建が叶うか分からず不安もあると思うが、人びとは明るく話をしてくれた。本職が立ち行かなくてもがれき撤去の仕事などを前向きにこなしている人もいる。地域ごとに避難しているのでお互いの状況が分かるのも安心だ。「隣の人はなんしょんなるか?」できるだけ人と話すことで"地域力"が生まれる。「災害があってからでは遅く、普段からの関係づくりが大事なんです」

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