中央アフリカ共和国:私たちが考えるべき5つのこと——ムポコ避難キャンプの閉鎖について

2017年01月26日掲載

国際空港の敷地内で避難生活を送る人びと
(2013年12月撮影)
国際空港の敷地内で避難生活を送る人びと
(2013年12月撮影)

中央アフリカ共和国の危機に対し、国際社会の関心は低調です。例外があるとすれば、それは1つの象徴的なイメージでしょう。放置され、さびついた飛行機の抜け殻にひしめき合う人びと。首都バンギのムポコ国際空港です。

最も多い時で10万人がここに滞在していました。2013年~2014年にかけてのことです。航空機の残がいの中にスペースを見つけられなかった人は、廃屋となっていた格納庫に押し寄せるか、集められる限りのガラクタで頭上を覆う屋根を確保していたのです。

それから3年を経た現在、国際線が再開され、キャンプの近隣で発着するようになりました。空港内ではブルドーザーが行き交い、キャンプに残っていた2万人の大半も帰宅を始めています。

情勢が改善されてきているとは言えますが、キャンプの閉鎖は依然として重大事です。その理由を5つにまとめました。

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この国では、明日は何が起きるかわからない

ムポコ・キャンプの全体像(2013年12月撮影) ムポコ・キャンプの全体像
(2013年12月撮影)

ムポコ・キャンプの閉鎖は朗報です。この国では最高齢の人でも平穏だったときの記憶がほとんどないと言いますが、そんな時代が終わりを告げ、国が安定に向かっている兆しだからです。

ただ、今回のキャンプ閉鎖は多分に"宣伝的"です。ここを出た避難者が戻れる場所はほとんどありません。治安の乱れ、無きに等しい貧弱なインフラ、銃弾のあとだらけで破壊されたままになっている廃屋……。

この国では、例えば一家6人の生活再建には150ユーロ(約1万8000円)が必要です。これは平均年収の数ヵ月分に相当します。着の身着のままで逃げてきた人びとがこの資金を調達することは容易ではありません。しかも、総人口の25%が現在も国の内外で避難生活を送っているのです。

キャンプ閉鎖は3年近くにわたって国の優先事項とされてきました。例えば2015年9月、バンギの情勢がこれまでと比べてやや落ち着き、キャンプ人口が6000人にまで減少したことがありました。MSFも現地の病院と診療所の閉鎖準備を進めていたのです。

ところが、活動縮小の実施予定日の数日前に紛争が再燃。またしても大勢の人が空港内に避難する事態となったのです。MSF病院にも人があふれ、診療は1日250件から400件へと倍近く増加しました。

いくつかの理由によってやや楽観的な見方ができなくもないものの、このキャンプの歴史を振り返ると、確かな教訓が見えてきます。「この国では、明日は何が起きるかわからない」という教訓です。

悲惨なことばかりが起きていたわけではなかった

キャンプが設置される原因となった紛争は、両陣営の行動がエスカレートし、深刻な暴力が横行するようになっていました。MSFはキャンプ設置の最初期、避難グループの第1陣が到着した翌日に複数のチームで医療・人道援助の提供を始めました。以来、腕や脚が切断された状態の患者などひどいケースをさまざま目撃しています。

キャンプの生活環境は過酷でした。ただ、どのような世界でも生と死は常に隣り合わせです。この3年間にも、人びとはせめて最低限の尊厳を保とうと力を尽くしていました。MSFの野外病院では5807人の赤ちゃんが生まれました。

キャンプの存在は、キャンプ外の住民にもプラスに働いていました。キャンプ内のMSF病院の患者は、3分の2がキャンプ外から来院していました。安心かつ無償で受けられる医療サービスが他にないため、何時間もかけて徒歩でたどり着いたという患者もいました。病院はすでに閉鎖されています。患者は貧弱な公的医療を頼るほかないでしょう。根深い問題はまだ解消されていないのです。

国際社会の問題でもあるという認識

焼け落ちた住宅の合間をぬって避難する少年(2014年1月撮影) 焼け落ちた住宅の合間をぬって避難する少年
(2014年1月撮影)

2013年12月4日、国連安全保障理事会が、暴力の制止に向けて行動を起こすと宣言しました。数時間後、フランスも同様の宣言をしています。

その翌日、バンギで戦闘が起き、またたく間に全面衝突となって最初の避難者たちが空港に逃れてきました。国連軍と仏軍が拠点としていたため、保護を求めて来たのです。

外国部隊は良くも悪くもこの国の変遷に深くかかわっています。仏軍と国連軍の部隊が性的虐待を犯したという告発は未解決のままで、筆舌に尽くしがたい汚点として残っています。

軍事力の投入を以外の点では、この国のできごとは国際社会の優先課題の最下位とみなされています。援助ニーズは膨大だということがわかっているにもかかわらず、危険で緊迫した環境だということを理由に、基本的な援助を提供しようという気運も高まっていないのです。

この3年、ムポコ・キャンプには公共サービスがほとんどありませんでした。MSFの医療・人道援助がわずかな例外です。キャンプの敷地内も大部分が荒廃した環境でした。キャンプもこの国も、世界の他の場所の避難民や難民と同等の国際支援を受けたことがないのです。

"ムポコ"が存在していたことの重要性

再び荒廃と忘却に閉ざされないためには……(2014年2月撮影) 再び"荒廃と忘却"に閉ざされないためには……
(2014年2月撮影)

荒廃と忘却——それでも、ムポコ・キャンプは中央アフリカのすさまじい人道危機に関心が向けられるきっかけになりました。国際空港の滑走路のすぐそばで過ごす避難者。空港に降り立った人が文字通り最初に目にするのが、その光景だったのです。

まともな道路はわずかなので国内の移動は困難です。しかも、当然ながら、この緊急事態の最中にあっては大いに危険を伴います。その結果、ジャーナリストは空港敷地内のムポコ・キャンプについて報道し、その記事を読む世界中の読者にとって"ムポコ"がこの国の危機の象徴となりました。それさえもなかったとしたら、いまだに"忘却"されたままだったかもしれません。

ムポコ・キャンプは閉鎖されました。膨大な援助ニーズの象徴が姿を消したわけですが、この国の抱える問題が消えたわけではありません。"象徴"がなくなった今、援助資金の提供者の目を、どうすればこの国に向けられるでしょうか?

膨大な医療ニーズを支えてくださっている皆さまへ

ムポコはMSFにとって特別な活動地の1つです。十分な機能を持つ60床の野外病院を、わずか数日で、まっさらな土地に、異常なほど残酷な紛争の最悪期の中、設置した大変な苦労を私たちは忘れていません。

熟練した外国人スタッフと勇敢な現地スタッフが手を携え、1000日にわたり、毎日、医療を提供してきました。現地スタッフは誰もが紛争被害を受けています。全てを失って避難民キャンプに身を寄せていた者もいます。

そんな中、診療44万件、救急処置4万6000件、仮設病棟での入院治療1万1000件を提供してきました。これらが可能だったのは、世界中の支援者の皆さまからのお力添えがあったからです。心より御礼申し上げます。

中央アフリカ共和国の危機はまだ終わっていません。MSFは現在も、バンギの外科プログラムや産科施設の運営をはじめ合計17件の医療・人道活動を続けており、この国の保健医療において中心的な役割を果たしています。

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