コンゴ民主共和国: 地域医療の自立を目指して――MSF支援の10年

2017年01月12日掲載

10年前の初動メンバーでもあったフロレンス・フォンゴ 10年前の初動メンバーでもあったフロレンス・フォンゴ

コンゴ民主共和国東部に位置するイトゥリ州ゲティ。国境なき医師団(MSF)がここで医療・人道援助を開始したのは2006年末のこと。当時、民兵と政府軍の激しい衝突で、大勢の人が周辺のユーカリの森への避難を余儀なくされていた。看護師のフロレンス・フォンゴは10年前、援助活動の初動チームに加わっている。

「私たちは2006年12月から2007年4月にかけて避難キャンプで緊急援助を行ったのち、一度は現地を離れました。しかし、戦闘で新たな集団避難が発生し、2008年と2009年に再び活動しています。重症例をすべてブニア病院に引き継いでいた状況を改善するために、総合中央病院の支援を始めたのもこの頃でした。それから7年経った今も、まだ活動は続いています」

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小さな野外病院が最高水準の病院に

集中治療室で診察を受ける子ども 集中治療室で診察を受ける子ども

MSFは総合中央病院の支援として、栄養失調児の治療を皮切りに、小児医療、性暴力被害者の支援、救急・集中治療、外科、産科、と援助範囲を拡大してきた。「支援を開始した当初は、多くの診療科がビニールシートの屋根の下に設営されていました。MSFの支援が永久に続くわけではないと最初からわかっていたので、保健省所属のスタッフの研修、病院の修復、常設の建物の建築にも注力しました。その結果、今は非常によく機能しています」

2016年に入り、MSFは保健省への診療科運営の引き継ぎを始めた。これは段階的に進めており、保健省スタッフが必要な知識を得られるようにMSFの専門家が支援している。

「病院内の栄養治療センターの支援では、当初、看護師たちは栄養失調の重症度の区別や、各重症度に応じて与えるべきミルクの種類を知りませんでした。しかし、今は包括的な知識が身についています。独力で栄養失調児に質の高い治療を行えるはずです」

新生児ユニット:スタッフの誇りと喜び

避難生活と戦闘による心労が、多くの妊婦の早産を引き起こしている。

「10年前のゲティでは、未熟児は箱に入れられ、お湯をいれたびんで体温を保ちながら、陸路で2時間の場所にあるブニア病院への移送を待つしかありませんでした。しかし、MSFの支援開始後、2014年には新生児ユニットを開設しました。また、簡単な新生児ケアの手法を導入し、たくさんの命を救うことができるようになりました」

新生児ユニットは毎月25~30人を受け入れ、2年間で死亡率の半減を果たしている。

悲劇を繰り返してきたこの街で

ゲティ地域の集落を訪問するMSFスタッフ ゲティ地域の集落を訪問するMSFスタッフ

近年のゲティの歴史は悲劇の繰り返しだった。戦闘と避難、暴力と強奪。MSFの患者であるマドレーヌさん(仮名、57歳)の体験談は、そんな歴史の悲しい縮図だ。2016年初頭、武装した2人の男に強姦された。7人の子どものうち娘2人も同じ目に遭った。息子2人は2005年と2016年に民兵に殺害されている。どの家庭も同様の境遇にあり、こうした体験は現地では珍しくない。

民兵と政府軍の戦闘は2014年以降、沈静化している。しかし、略奪、特定の対象者を標的とした攻撃、強姦といった治安上の問題は毎週起きている。

「MSFによる無償の医療提供は住民の助けになっています。紛争の最悪期も現地にとどまった援助団体はMSFだけです」

フォンゴは現在、病院の栄養治療センター、小児科、新生児部門の責任者を務める。MSFは近隣の診療所の支援や、地域社会に立脚した取り組みの推進を通じて医療援助を続けている。現在の重点は、性暴力被害者のケアと小児疾患への対応だ。

2016年1~10月、MSFはゲティで性暴力被害者190人以上を治療した。また、総合中央病院の救急・集中治療棟では1800人以上の入院患者を受け入れた。小児科と病院の栄養治療センターには2300人以上の子どもを受け入れている。

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