ハイチ:山間部の孤立集落で被災――避難した家族の証言

2016年10月24日掲載

ハリケーン「マシュー」の直撃から10日以上が過ぎたハイチでは、いまなお被害の報告が相次いでいる。時間の経過とともに、交通網の寸断などで孤立していた集落の被災状況が明らかになっているためだ。

南西部の主要都市ジェレミィ近郊の山に位置するロピノー村もその1つ。岩の多い渓谷に点在する小さな家と丈高く茂るバナナの木からなっていた村は現在、切断された木の幹と破片に取り囲まれ、さまざまな物が道路脇にころがっている。

唯一残った赤レンガ製の正面だけが、かつて教会がそこにあったことを物語っている。多くの住民はハリケーンの通過中、レンガでできた診療所に避難していた。現在は被災者の治療が行なわれているこの診療所で、母親のアネット・バロニさん(80歳)と息子のジヴロ・バロニさん(15歳)を連れて来たリゼルさんから話を聞いた。

「母は歩けず、食べ物もほとんど受けつけませんでした」

ハリケーンが直撃したとき、私は別の村にいましたが母と息子は家にいました。家の建材だった金属板が風に飛ばされ、2人の上に落ちてきました。2人はほとんど動けず、部屋は浸水しました。嵐が止んでから急いで家へ帰ったところ、家は壊れ、負傷した2人が見つかりました。足と後頭部に傷を負っていました。自宅近くの診療所に勤めていた看護師はジェレミィに避難していたので、祖母は村人の助けを借りて傷に包帯をしました。この男性は、息子の頭にできた傷も縫ってくれました。

息子は痛みを訴えていたのに、私は食べるものも充分にはあげられませんでした。母のけがも痛みがひどく、膿(うみ)が足首のけがに入ってから一層ひどくなりました。母は歩けず、食べ物もほとんど受けつけませんでした。病院に連れていくどころではなかったんです。この診療所の話を聞いて、すぐに2人を連れてきました。

村には給水所がありましたが、この嵐で壊れてしまいました。現在も木の枝や石ころ、金属に覆われています。もっと遠くに行けば水源もあるのですが、木に邪魔されて容易にはたどり着けません。清潔な水を見つけるのは、かなり難しくなっています。

移動診療チームを派遣予定

ジヴロさんとアネットさんのけがは消毒され、包帯で処置された。アネットさんは予防接種記録カードを持っていなかったため破傷風の予防接種も受診。MSFの移動診療チームは今後ロピノーに戻り、診療した患者の経過観察を行う予定だ。

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