モザンビーク: HIV/エイズ対策を支える「ピア教育」担当者とは?

2016年06月17日掲載

ワンルームの自宅で子どもと一緒に……彼女もまた国外からきた性産業従事者だ ワンルームの自宅で子どもと一緒に……
彼女もまた国外からきた性産業従事者だ

HIV/エイズの研究・診療分野に「キー・ポピュレーション(鍵を握る集団)」という考え方がある。性産業の従事者や男性間の性交渉を行う人びとなど、感染リスクが高く、感染制御の重点化の対象となる集団を指す。事実、サハラ以南のアフリカでは、性産業従事者の感染リスクが一般の14倍、男性間性交渉者では19倍も高いという報告もある。

キー・ポピュレーションに分類される人の多くは、差別や偏見にさらされ続ける、法的身分が保障されない、社会的な不都合を恐れて転居を繰り返すなどの状況にある。その結果、日常生活を送るために欠かせない抗レトロウイルス薬(ARV)治療を受ける機会が限られてしまっている。

HIV感染の流行を止める方法として、投薬による新しい予防方法(暴露前予防=PreP)が有望視されている。ただ、こうした施策をもっとも必要としている地域(アフリカ南部の特に流行が深刻な地域など)での普及は限定的だ。

MSFは、キー・ポピュレーションのHIV感染者がARV治療を受けられるようにする目的と、感染者や周囲の人びとにPrePの順守や普段からのケアを浸透させる目的で、2014年1月、「コリドー(輸送路)」プロジェクトを開始した。対象地域は、モザンビークマラウイ、そしてジンバブエにまで拡大している。

  • この記事に登場する性産業従事者は全て仮名です。

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家族に仕送りするために

メアリーさんは副業として小さな雑貨店を経営している メアリーさんは"副業"として小さな雑貨店を経営している

HIV感染を予防するPreP。アフリカでも導入が進められているが、その様相はアフリカ西部と南部で大きく異なってくることだろう。例えば、メアリーさんのケースにように……。

メアリーさんはジンバブエ出身で、現在はモザンビークのベイラに住んでいる。彼女の"自宅"はゲストハウスで、十数人のジンバブエ人との共同生活だ。皆、性産業に従事している。

ある朝、MSFが訪ねると、メアリーさんはゲストハウスの軒先に座り込んでいた。片腕にはギプス。「誰にやられたの?」とMSFのピア教育担当者(※)であるエドナが尋ねる。「彼氏です。けんかして……」と肩をすくめるメアリーさん。「警察に行った方がいいんじゃない?こんなことされていいはずがない。それが人権でしょう?」。メアリーさんは「まあね」とまた肩をすくめた。

ベイラは騒がしい港町で、アフリカ南部の物資輸送の玄関口となっている。性産業に携わる女性にとっては"稼げる"場所だ。稼ぎ口は、ジンバブエの貧しい故郷にはない。ただ、必ずしも「稼ぎ」と呼べるほどのものかどうか……。1回の報酬が50メティカル(約200円)程度だとすると、家族へ仕送りをするためには大勢の客をとらなければならない。

  • 患者と同じ立場にあり、「仲間(ピア)」として患者への健康教育を行う人。

夜の盛り場で繰り返される"仕事"

ゲストハウスの玄関口 ゲストハウスの玄関口

エドナがその実態を説明する。「彼女たちが行っているのは単なる"仕事"です。恋愛の入り込む余地などありません。だから、客となる男は手際のよさが必要です。すばやく済ませられなかったら超過料金が発生します。客の責任で労働時間が増えるのですから」

夜、ベイラの盛り場をめぐっていく。時代を感じさせる趣のある外観が闇の中にたたずんでいた。トタン板でできた数軒の店。足元は砂に埋もれ、建物の上は背の高いヤシの木々で覆われている。

「ここにいるのはほとんどがモザンビークの女の子です」。MSFの患者支援担当を務めるサンドリーヌ・レイマリが、店の裏の空き地を指差す。わらが敷かれただけのこの地面で"仕事"が行われる。表の古風な趣はかりそめで、裏手のこの場所が不快な現実なのだ。

一方、さらににぎやかなロバート・ムガベ通りの盛り場では、女性たちのグループがあちこちで、ミニスカートやランジェリー姿で客を待っている。こちらは大部分がジンバブエ人のようだ。

なぜコンドームの使用が徹底されないのか

港町ベイラの夜、トラック運転手の多くが盛り場へと向かう 港町ベイラの夜、トラック運転手の多くが盛り場へと向かう

2012年の調査では、ベイラで性産業を専業としている女性は714人を数えた。1人が月に少なくとも7人の客をとる。MSFはプロジェクト開始から1年半で全体の9割にあたる600人以上に対応できた。

この成果は、ピア教育担当者の尽力によるものだ。ピーク時は50人の女性たちに積極的に働きかけてきた。ただ、性産業に不定期に携わって生活費の足しにしている女性を加えると、ベイラの性産業従事者の総数は7000人近くにのぼるとみられている。

ある月曜のゆったりとした夜。週の始めだが、"仕事"はあちこちで行われる。コンドームの用意もないままに……。MSFなどNGOが無償で配布しない限り、性産業に従事する女性たちは、HIV対策の唯一の防具ともいえるコンドームの購入費をわずかな売上から捻出しなければならない。これでは、HIVウイルスが拡散してしまうのも当然だ。MSFが1年前に調査してHIV陰性だった女性のうち、30%がHIVに感染していたこともわかった。

無償のコンドームが足りない。客に着用を義務づけることも難しい。こうした壁が、もともと感染リスクが非常に高い環境にいる女性たちのHIV予防を妨げている。

社会の偏見と差別がHIV/エイズ禍を広げている

性産業に従事している女性の仕事場 彼女は近くでバーの経営もしている
性産業に従事している女性の"仕事場"
彼女は近くでバーの経営もしている

そしてもう1つの壁――ジンバブエ出身の性産業従事者の多くが、保健医療施設に対して強い抵抗感を抱いている。医療施設のスタッフにどんな"仕事"をしているか一目でばれてしまい、偏見や差別に遭うことがわかっているためだ。客がコンドームを使わなかった場合、あとからでもHIVウイルスの感染を防げる「暴露後予防投薬」を利用する機会もない。

こうした過酷な環境でも、ジンバブエ人のグロリアさんのように自衛している女性もいる。彼女がHIV陽性と診断されたのは10年以上前だ。以来、ジンバブエに定期的に帰省するか、知り合いにベイラまで届けてもらう方法で、ARVを確保している。その結果、HIVウイルスの抑制に成功し、生後8ヵ月の子どもはHIV陰性だった。ただ、グロリアさんのように徹底できる女性は多くはない。

ベイラでMSFプロジェクト・コーディネーターを務めるクリストフ・クリスティンは「まずは病んだ保健医療システムを治療すべきでしょうか?」と問いかける。

HIV/エイズ対策に関わる行政や支援者には、キー・ポピュレーションへの対策の重点化が流行抑止の鍵だと見る向きが多い。要点はコンドームの使用推進だけでなく、ARV治療の普及率の向上にある。現時点では最善の方法だが、「それをいかに実践するか」との問いへの答えはまだ出ていない。

性的マイノリティーにも援助の手を

MSFはコリドー・プロジェクトを通じ、モザンビーク・マラウイ間の各地で、3800人以上の性産業従事者と、トラック運転手4500人(多くは性産業の客である)を支援している。また、男性間の性交渉を行う人への援助活動も開始した。

同性愛者は強い差別にさらされており、マラウイでは現在も刑事罰の対象だ。モザンビークでも最近まで刑事罰の対象とされていた。そのため、接触することが極めて難しい。しかし、MSFはまず200人を目標に、早期の治療提供と、適切なケアの保証を目指す。

アフリカ南部でMSFのコーディネーターを務めるマルク・ビオは、活動の目標を「立場が弱く、何度も転居を繰り返すこの社会集団のためのケアの継続性を確保すること」と説明する。

その最初の壁は、MSFの現地スタッフがそもそも、自分たちが暮らしている地域で強い偏見と差別にさらされている人びとを受け入れられるかどうか、というところにある。

ピア(仲間)だからできること

女性用コンドームの使い方を説明するセシリア 女性用コンドームの使い方を説明するセシリア

ベイラでは進展があり、ピア教育担当者のグループに、国内唯一の男性の同性愛者団体「ランバダ」から2人が加わった。ただ、患者たちは差別と偏見にさらされ続けた結果、MSFの担当者を警戒してピア(仲間)とみなそうとしない。そうした患者からまず信頼を得なければならず、非常に難しい活動だ。

ベイラでMSFのカウンセラーを務めるパティ・マルメは「大変ですよ。嫌がらせも絶えません。女の子たちが午前4時に"問い合わせ"の電話をかけてくるんです。応答しないと上司に文句を言ってきたり……。ただ、最近ではコツをつかみ、付き合い方がわかってきたのでずいぶんましになりました。私たちは必要とされているんです」

社会的に弱い立場の人びとへの援助は、相当の時間と人手の投入が求められる。性産業に従事した経験があるピア教育者担当以外に誰が、援助対象者の話を親身になって聞き、路上で縮こまっている姿を受けとめ、20人もの客との長い夜に備える訳知り顔の同業者たちにあざ笑われながら女性用コンドームを装着するコツを習得できるだろうか。

セシリア・モンダル・カネェはマラウイのザレワの町でMSFピア教育担当を務めている。「この仕事に誇りを感じています。ほかの性産業従事者のお手本になった気がするんです。同じ境遇の人びとを手助けできることに喜びを感じています。彼女たちと知り合い、毎日、姿を見せるうちに、他の誰よりも信頼してくれるようになります。その道のりはとても大変なんですよ!」

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