パキスタン: C型肝炎患者に治療を――MSF、新プロジェクトで成果

2016年03月16日掲載

MSFのムハマド・ハワル・アスラム医師 MSFのムハマド・ハワル・アスラム医師

国境なき医師団(MSF)はパキスタンの首都カラチで、2015年4月から、C型肝炎に重点を置いたプロジェクトを行っている。その立ち上げには日本人エクスパットも参加した。パキスタンのC型肝炎の有病率は約5%で、エジプトに次ぎ世界で2番目に高い。しかも、治療は拠点病院に集約されており、治療費も高額で、患者が診断や治療を受けにくい状況だ。

カラチは推定人口2000万人以上ともみられており、潜在的な感染者が100万人にも上る計算になる。そこで、MSFはカラチのスラム地区に診療所を設置し、新薬「ソホスブビル」の提供を含む検査・診療を提供している。活動に参加しているムハマド・ハワル・アスラム医師に話を聞いた。

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新薬治療が普及することを願って/ムハマド・ハワル・アスラム医師

カラチ漁港で船や網の手入れをする漁師たち カラチ漁港で船や網の手入れをする漁師たち

MSFが運営する診療所は、カラチ漁港の外れのマチャル・コロニーというスラム地区にあります。この地区は人口過密で、衛生インフラの不足から環境が悪く、保健医療を受けられる機会も限定的です。MSFは、外来診療、トリアージ(※)、容体の安定化、他施設への急患の紹介といった基礎・救急医療を提供しているほか、妊婦の分娩期介助と産前・産後ケアも行っています。

  • 重症度、緊急度などによって治療の優先順位を決めること。

マチャル・コロニーでC型肝炎の治療を開始することにした理由は、地元の保健医療体制が貧弱だったことに加え、住民が検査や治療を受ける余裕がなかったためです。

基礎診療所でケアが提供されれば、患者は遠方の病院まで交通費をなんとか捻出して通う必要がなくなり、自宅の近くで無償の診断と良質な治療を受けられます。カラチでの取り組みは、MSFとしては初のC型肝炎専門プロジェクトです。試験段階のため、2016年の治療見込みは約400人と少数ですが、まずは、このケアモデルが有効で応用可能だと示すことを目指しています。

主な感染原因は輸血、背景には貧困問題も
C型肝炎の疑いでMSFの検査を受ける男性(30歳)経済的理由で、同じ症状の義母も医療を受けられていない C型肝炎の疑いでMSFの検査を受ける男性(30歳)
経済的理由で、同じ症状の義母も医療を受けられていない

患者は2つの集団に分けられます。一方は既に他の医療機関で診断され、C型肝炎罹患を自覚している人、もう一方は自覚がなく、MSF診療所で告知される人。後者は大抵、身体の痛み、だるさ、食欲不振、発熱などの症状、感染症などを理由に診療所を訪れます。外来科で検査を受け、結果が陽性であればC型肝炎部門に引き継がれます。

肝炎は肝臓の感染症です。多くの異なる型があり、特にB型とC型は深刻です。ウイルスが血液や体液に媒介されて感染します。C型肝炎にはワクチンもありません。パキスタンの高い有病率の主な原因は輸血です。貧しい地域や都市圏外では、医療従事者が注射器を使いまわし、ウイルスを広めてしまうことがあるのです。C型肝炎の初期は無症候なので、患者は症状が出るまで、何年もの間、自覚がありません。その結果、性交渉の相手などにウイルスを伝染させてしまうのです。

C型肝炎の感染を告知された人の多くは不安な様子を見せます。C型肝炎への誤解が多く、不治の病、死の宣告に等しい、少しずつ健康が悪化して死ぬ、などと考えてしまうのでしょう。MSFは、感染した事実を患者が受け止められるように手助けし、正しい情報を提供しています。加えて、地域社会にもC型肝炎の感染経路を伝え、偏見の緩和に努めています。C型肝炎に苦しむ患者を社会から孤立させてはなりません。C型肝炎患者とともに働いたり、暮らしたりしても、全く問題はないのです。死の宣告ではないのですから、検査を恐れるべきではありません。

新薬が治療環境を一変させる
MSFのもとで最初に完治した男性次男と一緒に退院の記念撮影 MSFのもとで最初に完治した男性
次男と一緒に退院の記念撮影

パキスタンでも一部の治療薬は手に入りますが、かなり高額で、MSFの患者のほとんどはその薬を購入する経済的な余裕がありません。また、広く用いられている抗ウイルス薬のインターフェロンを用いた治療はとても過酷で、激痛の注射を70回以上も打つ必要があります。また、多くの重い副作用を伴うため、治療中は患者が通常の生活を送ることが難しい状態となります。

さらに、治療薬で身体が消耗し、気分が悪くなり、仕事もできません。その上で、週に複数回、医療施設を訪れ、注射を受ける必要があるのです。大変つらい治療なのでたくさんの患者が脱落してしまいます。たとえ最後まで続けることができたとしても、治癒率は高くありません。

しかし、この2年間で新しい治療薬「ソホスブビル」が登場し、1日1錠の服用で12週間での治癒が期待できるようになりました。2015年にはパキスタンでも薬事登録され、MSFも診療所で提供しています。副作用が比較的少なく、治癒率は非常に高まっています。患者は早期に日常生活への復帰できることもメリットです。1日でも早くソホスブビルが手ごろな価格で入手できるようになるように心から願っています。C型肝炎の治療を様変わりさせることでしょう。

2015年12月、MSF診療所の最初の患者が治療を終え、検査結果も陰性でした。この男性患者は長期にわたるつらいインターフェロン治療を2回経験した末に、ソホスブビルでようやく治癒したのです。ついに陰性という検査結果を目にし、彼が日常生活に戻れるとわかった時が、スタッフにとっても最高の瞬間でした。

新薬「ソホスブビル」とは?

ソホスブビルはC型肝炎治療に用いられる新しい経口薬だ。直接作用型抗ウイルス剤(DAA)で、2013年に使用が承認された。ソホスブビルをはじめとするDAAは、一部の遺伝子型のC型肝炎ウイルスについて90%以上の治癒率を示す研究があり、治療に革命を起こす可能性がある。

ただ、販売者の製薬企業ギリアド・サイエンシズ社は、本社がある米国で1錠1000ドル(約11万円/12週間の治療で約950万円)とし、他の先進国でも同程度の高価格を設定した。

インドの複数の製薬会社が同社とライセンス協定を交わし、ジェネリック薬(後発医薬品)を開発して市販の準備を進めている。しかし、C型肝炎の有病率が高い中所得国での販売が、協定には含まれていない。そうした国の患者数は計約4900万人とみられ、世界のC型肝炎患者の40%以上を占めるが、ソホスブビルに手が届かない。

パキスタンでは複数の国内製薬企業が製造し、薬事登録済みであることから、価格は相対的に低い。しかし、それでもなお大部分の患者には手の届かない水準だ。

パキスタンにおけるMSFの活動

MSFは1986年にパキスタンで活動を開始し、現在はバロチスタン州、カイバル・パクトゥンクワ州、連邦直轄部族地域(FATA)、シンド州で緊急医療を提供。パキスタンでの活動は個人からの寄付のみを財源とし、いずれの組織・政府からの資金も使用していない。

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