ナイジェリアと周辺国:過激派組織から避難した人びとの現状は?

2015年08月25日掲載

ナイジェリアとその周辺国で2013年5月以降、過激派組織「ボコ・ハラム」による暴力行為から避難する人が相次いでいる。4ヵ国にまたがるチャド湖周辺にも大勢が避難してきており、人道危機が深刻化している。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計によると、ナイジェリア北東部だけを見ても、約140万人が国内で避難し、約17万人が国外へ逃れた。国外に避難した人の内訳は、カメルーンに5万6000人、チャドに1万4000人、ニジェールに10万人とみられている。また、2015年だけで少なくとも1300人がボコ・ハラムの暴力行為で命を落としている。

亡くなったり負傷したりした人の多くは子どもだ。女性に対する拉致や性暴力も複数報告されている。国内の避難者は保護と最低限の生活を求めているが、受け入れ地域にはその条件が整っておらず、困難に直面している。

国境なき医師団(MSF)は、ボコ・ハラムの影響が及んでいる4ヵ国で避難者と地域住民を対象に医療・人道援助活動を行っている。情勢不安が最大の障害となっているが、さらに、現地は雨期に入ったことから、ヒトやモノの移動・管理の難しさも増している。

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紛争の最前線となっているボルノ州――ナイジェリア

ボルノ州の連邦政府研修センターに設置された避難キャンプMSFが医療・人道援助を提供している ボルノ州の連邦政府研修センターに設置された避難キャンプ
MSFが医療・人道援助を提供している

ボルノ州が紛争の最前線となっており、極度に緊張した状況だ。無差別攻撃が繰り返されている。民間人が標的となっていることが多い。ファティマさん(45歳)は、故郷の村が夜襲を受け、妹を拉致された。「夜10時ぐらいでした。武装兵士が各家に押し入り、焼き払いました。多くの人が殺されました。妹は消息不明です。私たちは森に逃げ込みました。そこからマイドゥグリに運んでもらえる道に出るまで24時間も歩き続けました」

現在、ボルノ州の州都マイドゥグリには数十万人の避難者が滞在しており、さらに毎日、新たな避難者が加わっている。大半の人は地域住民の支援を受けている。一方、約10万人がマイドゥグリ周辺にある22ヵ所のキャンプに集まっている。連邦政府研修センター・キャンプに滞在しているアイーシャさん(55歳)は「うちのテントでは12人が住んでいます。ほかに選択の余地はありませんでした。テント布は破れて中はほこりと虫だらけです。雨が降ればぬれてしまいます」と話す。

MSFは1次医療診療所を3軒運営し、約3万5000人の医療を担っている。このほかマイムサリでの病院(72床)では、産科、小児科、栄養治療科、集中治療などを行っている。地域の病院には定期的に物資を寄贈し、爆撃を受けて大勢の負傷者が一斉に運び込まれた場合にも対応できる体制を整えている。

国境地帯の難民キャンプで援助活動――カメルーン

MSFの看護師から栄養治療食を食べさせてもらう子ども MSFの看護師から栄養治療食を食べさせてもらう子ども

ナイジェリアとの国境地帯で情勢不安が続いている。ボコ・ハラムが侵入・襲撃を繰り返しているためだ。極北県に政府が設置した難民キャンプには、現在も毎日、新たな到着がある。2015年7月22日と25日にはマルア市で自爆攻撃が2回あり、巻き込まれて大勢の人が死傷した。MSFは事件発生の直後から地域の保健衛生当局を支援し、負傷者の治療にあたった。

ナイジェリアから逃れてきたエステルさん(24歳)の村も、ボコ・ハラムの夜襲を受けた。「真夜中に兵士が村を襲い、何人も殺されました。父と妹もです。みんな逃げ出しましたが、途中でまた襲撃に遭いました。母と妹は後に残るしかありませんでした。いつか再会できることを祈っています。私は、妹(14歳)と娘(生後9ヵ月)を連れて2日間歩き続け、カメルーンに着いたのです」

現在、4万5000人がミナワオ難民キャンプに滞在している。MSFはカメルーン政府や他の人道援助機関と協力し、1次医療、水、栄養治療を提供している。MSFの給水量はキャンプ内の飲料水の55%を占める。また、診療件数は月2300件以上となっている。

カメルーンでMSFの活動責任者を務めるハッサン・マイヤキは「栄養治療プログラムの受け入れ件数は増えています。集中栄養治療センターの支援を強化し、難民、避難者、地域住民を対象に小児科と栄養治療を行っています」と話す。

MSFはチャドとの国境に近いクッセリ市でも活動している。ここでは数万人の避難者が市の周辺に滞在している。MSFは病院の外科を支援するとともに、子どもの栄養失調とマラリアに対応するため小児科の立ち上げを進めている。

チャド湖周辺からの再避難者が急増――チャド

チャド湖からバガ・ソラ地区へ避難してきた一家 チャド湖からバガ・ソラ地区へ避難してきた一家

チャド湖周辺では7月からボコ・ハラムの襲撃が増え、チャド政府軍が広域に展開する事態となった。その結果、直近の2週間だけでも推定4万人が再び避難した。人びとはバガ・ソラ地区とボル地区の一時滞在地に集まっている。

マハマドさん(57歳)は「近くの村から銃声が聞こえてきたため、妻と8人の子どもと一緒に逃げました。うちの村では家を焼き払われた人も多いのです。私の知人に犠牲者がおらず、それだけでも私は幸運でした。ただ、食べ物は少なく、1日1回食べるのがやっとです」

MSFはこの地域で3月から活動を続けている。バガ・ソラ付近で移動診療を行っているほか、チャド保健省を支援してチョルータリアでも活動している。バガ・ソラのダル・エス・サラーム難民キャンプでは、公式統計によるとナイジェリアとニジェールから来た約7000人の難民を受け入れている。また、キャンプでは心理ケアも提供している。今後、新たに人びとが到着する事態を想定し、移動診療をヤクワやクルキメでも立ち上げる予定だ。

チャドでMSFの活動責任者を務めるフェデリカ・アルベルティは「子どもや女性は、この状況では特に健康を脅かされやすいため、全体として高い医療ニーズがみられます。炎天下を数kmも歩いて治療を受けにきた妊婦もいます。人びとはまともな仮住まいも食べ物も清潔な水もないまま、避難生活に耐えています。厳しい生活環境と雨期のため、MSFのもとには下痢、マラリア、呼吸器感染、栄養失調の子どもなどが多く来院します」

首都ンジャメナでは、6月15日と7月11日に起きた自爆攻撃を受け、MSFは保健省管轄病院の支援を開始した。4月以降、MSFは保健省職員に研修を行い、大勢の負傷者が一斉に運び込まれた場合への対応策を伝えた。緊急事態にも対応できるように努めている。

食糧不足の危機、輸送制限の影響も――ニジェール

MSFの診療を受ける母子(ディファ) MSFの診療を受ける母子(ディファ)

ニジェール南東部では以前から不安定だった人道状況が、紛争の激化でさらに悪化し、大勢の人びとが一斉に暴力から逃げる事態が繰り返されている。医療、清潔な水、衛生設備をほとんど利用できないため、その生活環境は危機的だ。

ニジェールは6月~10月にかけて訪れるハンガーギャップ(収穫期の狭間で備蓄食糧が不足する時期)の最中にある今、事態はさらに悪化するおそれがある。情勢不安とバイク利用の禁止などの輸送制限の影響で食糧事情も悪化している。

雨期に入ってからはマラリアや下痢などの水因性疾患も増えている。栄養失調とマラリアや下痢が重なると幼い子どもには特に危険な状況となる。

MSFはディファ市の母子保健・産科施設と、ディファ、ンギグミ、ボッソにある診療所計6軒を支援している。さらに、ディファ県内の避難者キャンプ2ヵ所で移動診療を実施している。また、給排水・衛生環境の整備や、蚊帳2万5000張の配布を行っている。

ディファ周辺では、ナイジェリアから新たに到着した約2万8000人の避難者を対象に援助活動を行っている。活動地はチェティマリ、ガガマリ、アッサガだ。現地の保健衛生当局は手一杯で、清潔な水や衛生設備が足りていない。この活動でMSFはこれまでに3万件の診療を行った。このうち2万人は5歳未満の子どもだった。

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