国境なき医師団が求める、途上国の医療に役立つ日本のモノづくりとは

2015年08月06日掲載

エボラ出血熱の流行国、紛争のただ中にあるイエメン、大地震に見舞われたネパール――世界中の医療の届かない地域で、独立・中立・公平な立場で医療援助活動を行う国境なき医師団(MSF)。日本事務局では、主に資金調達、スタッフの募集・派遣、広報活動を担っているが、このたび新しいチーム「R&Dユニット」が発足した。これは、より多くの人の命を救うために必要な製品や技術を日本から見つけ出し、実際の医療援助活動に役立てるための取り組みで、2人の女性が中心となっている。途上国での医療活動で求められることとは何か、モノづくり大国日本が、世界の人道・医療危機に対して貢献できることとは何か、MSF日本の事務局長と、担当者に話を聞いた。

この取り組みを始動した目的はなんですか?

ジェレミィ・ボダン:複数のNGOを経て2013年よりMSF日本の事務局長。援助現場の経験も豊富 ジェレミィ・ボダン:複数のNGOを経て2013年より
MSF日本の事務局長。援助現場の経験も豊富

MSF日本事務局長 ジェレミィ・ボダン(以下ボダン) 紛争や自然災害など、医療へのアクセスのない場所で医療を提供するのがMSFですが、医療の質に関しては妥協せず、高いスタンダードを設けています。しかし実際には、水や電気などのインフラも不十分な中で、最低限必要な資機材のみを使用して、限られた人数で活動することが多く、欧米や日本で使われている製品・技術をそのまま持ち込むことは、使い勝手の面でも、もちろん価格面でも、難しい場合がほとんどです。

援助を届けるにも厳しい環境の中で、可能な限り質の高い医療を提供するには、そうしたニーズを満たすソリューション、つまり厳しい環境でも使用に耐える医薬品、医療機器、その運搬方法などが重要になってきます。そこで、価格的に高すぎず、使用方法が簡単で、それでいて質の高いケアにつながるという点をおさえた実用的な製品・技術が求められているのです。今回の新チームは、こうした課題に特化して取り組むために発足しました。

日本で始めたのはなぜでしょうか?

ボダン 活動地のニーズに応える新しい製品・技術を掘り起こす役割は、もともと欧州の事務局にもあったのですが、専任スタッフがいる訳ではなく、また日本を含むアジアの製品までカバーしきれていませんでした。日本は世界でも有数の製薬企業やトップクラスの大学・学術機関があり、テクノロジーの研究開発が進んでいるにもかかわらず、MSFの現場ではあまり使われていないのが現状です。

そこで、MSFの現場ニーズと、日本で入手可能な製品や技術とを、うまくマッチングさせる役割を新たに設けることにしたのです。目下のミッションとして、日本にある技術を洗い出すことから始めています。技術といっても最新鋭のそれというより、例えば日本は全国どこでもおいしい生魚が手に入りますよね?MSFが活動する場所では時には40度以上の気温になることもあるのですが、そうした国で低温管理の必要なワクチンなどを運ぶ輸送システム「コールドチェーン」のヒントとして、何十年も生魚を流通させてきた日本の冷蔵・輸送技術が役に立つかもしれません。またそれと同時に、コールドチェーンを必要としない、例えば常温で使える使い勝手のいいワクチンの開発を促進するような活動も行っています。

これまでに現場に取り入れた新しい技術や製品としてはどんなものがありますか?

地元住民が見守る中、小型無人機のテスト飛行を行った 地元住民が見守る中、小型無人機のテスト飛行を行った

ボダン MSFは、パプアニューギニアの湾岸州という交通の便がかなり悪い地域で結核プログラムを展開しているのですが、昨年、近ごろ話題の小型無人機の導入を検討、テストしました。目的は、結核の疑いがある患者さんの痰(たん)のサンプルを遠隔地の診療所から総合病院に運び、検査結果と治療薬を持ち帰ることにより、診断と治療開始のスピードアップを図ることでした。この試みはMSF日本事務局が主導し、今回発足したR&Dチームを考える上でもいい経験となりました。無人機は実際には様々な課題もあり、まだ試験段階ですが、車やバイクも入れないような地域と町の病院をつなぐ有効な手段になることを期待しています。

活動地で求められているニーズの中で、まず取り組もうと考えているものは何ですか?

妊産婦の死亡率が世界で最も高い国のひとつ、南スーダンでは母子保健に力を入れている 妊産婦の死亡率が世界で最も高い国のひとつ、
南スーダンでは母子保健に力を入れている

R&D担当 京寛美智子(以下京寛) まだ掘り起こし中ですが、一つは新生児ケアに関するものがあります。活動地での新生児ケアは、人員数や環境の制限で日本や欧米に比べるとかなりベーシックになってしまうのが現状です。例えば先進国では低体重で生まれた赤ちゃんには保育器を使用し、バイタルサインも持続的にモニターしますが、MSFの活動地では一部でしか保育器が使えないのと、医療スタッフの教育レベルが様々で細かい操作を徹底できなかったりします。そこで、赤ちゃんを置くと体温や呼吸回数を自動で測定できて、呼吸をしなくなったらマットの振動で刺激したりアラームが鳴って人を呼んだりできる「新生児モニタリングマット」のようなものをつくれないかと考えています。

京寛美智子(きょうかん・みちこ):看護師としてMSFの活動に長く従事。メディカルの視点でR&Dを担当する 京寛美智子(きょうかん・みちこ):看護師として
MSFの活動に長く従事。メディカルの視点でR&Dを担当する

もう一つは、抗生物質耐性に関してです。抗生物質が効かなくなる耐性菌に関する取り組みはMSFの注力分野の一つでもあり、感染コントロールや抗生物質の乱用防止の指導を行おうとしています。処方の必要有無、必要であればどの種類をどれだけ与えるべきか、といったことは通常一定の検査を基に診断しますが、MSFの現場では必ずしもその検査を行える環境が整っていません。ですので、例えば検査を簡易にできる、しかも先進国で使っているような大がかりで高額なものではなく、操作や持ち運びが簡単な「ミニラボ」のような検査環境をつくれないかと考えています。

調達担当 宮澤明子(以下宮澤) 私のミッションは新たな製品の開拓ではなく、すでに現場で使っている医薬品や物品の中で、品質・性能に問題がある、一社購買になっている、供給・物流に問題があるなどの製品を洗い出し、よりよいサプライヤーを探し出して購買スキームを確立することです。例えば、今現場で使用している人工呼吸器は、あまり小さな赤ちゃんには使えないものを採用しているので、新生児から大人まで使えるようなものを供給できる取引先を探しています。そのような人工呼吸器がすでにある場合はサプライヤーを変え、もしなければ一緒に開発していけるパートナーを探す、といったR&D寄りの案件になる感じですね。

日々のお仕事の内容はどのようなものですか?

宮澤明子(みやざわ・あきこ):日本のメーカーから転身し、海外プロジェクトに携わった経験を医療・人道援助に活かす 宮澤明子(みやざわ・あきこ):日本のメーカーから転身し、
海外プロジェクトに携わった経験を医療・人道援助に活かす

京寛 まず、さきほど紹介したような現地でよりよい医療を提供する上でどういったニーズがあるか、把握を行っています。そしてそのニーズを満たすためのパートナーシップを日本の企業、大学、研究機関と組めるかを考え、実現させるプロジェクト案を策定する予定です。

宮澤 私は現在、日本企業を中心に新規取引先の開拓を行っています。企業で行う調達業務と同様、該当する製品のメーカーや取り扱いのある代理店を見つけ、見積依頼や打ち合わせを行っています。また、輸出契約を結ぶにあたり法的な規制がないかなどをチェックし、スムーズな調達活動ができるよう目指しています。MSFは仏ボルドーに物流センターを持っていて活動地で使う物資を保管しているので、日本で買い付けた製品をどのように輸送するかを、商流、物流の両面で形にしていくことが求められています。物流センターが欧州にある以上、アジアで買い付けることでコストが上がるようにも考えられますが、価格の面だけでなく、よりよい性能や品質を求め、また一社購買になっている製品の交渉力を高めるためにも、新たなサプライヤー探しは重要なのです。

日本の技術や製品で、既にMSFの活動に使われているものはありますか?

宮澤 一番わかりやすいのは、日本製の四輪駆動車でしょうか。どこの国でも大変信頼されていますね。医薬品や医療機器もいくつかの日本企業から調達していますが、数としてはまだまだ少ない印象です。医薬品に関しては、MSFの現場ではジェネリック薬を使うことが多いので、ジェネリックが多く生産されているインドなどから調達する傾向にありますね。

これから日本の産業界や技術・研究者に期待することは何ですか?

京寛 目下取り組んでいる、現地のニーズに応えるソリューションや技術を提供できるパートナーが見つかればいいなというのはもちろんあります。あとは、技術開発を行う上で、途上国に存在するニーズに応えていくような技術や製品の開発も、もう少し視野に入れてほしいなと思います。同じ目的を果たす製品だとしても、環境や文化によって異なる仕様になってくるので、今ある技術や製品をうまく修正したかたちで途上国などでも広く普及させられる可能性が出てくると思います。

宮澤 私も、途上国も含めた海外市場にもう少し目を向けて頂けるといいなと。例えば、パッケージや説明書などが日本語表記だけでなく、最初から英語併記にしてあれば輸出へのハードルは下がります。国内の需要が縮小していくと言われて久しい中で、海外市場に目を向けている企業も多いと思うのですが、まだまだ国内向けをメインと捉えている企業もあるのだなというのが、このポジションになって感じたことです。

ボダン 私たちが活動している場所は、MSF以外にはどのような組織も援助に入っていないようなところが多く、そういった国・地域の人々のニーズを知りうるのはMSFだけ、という状況もあります。従って途上国や市場が未知な国などにおいて、MSFがパートナーとなってニーズの把握や情報提供を行うなど、双方にとって利点を見いだせるような関係を築くこともできるかもしれません。より広い視野を持って新たな機会を探ることにぜひ積極的になっていただけたらと思います。

国境なき医師団(Médecins Sans Frontières 略称MSF)は、紛争や災害、貧困などによって命の危機に瀕している人びとに医療を提供する、非営利で国際的な民間の医療・人道援助団体です。「独立・中立・公平」という人道援助の原則に従い、人種や政治、宗教にかかわらず、分けへだてなく無償の援助を提供します。医師や看護師をはじめとするスタッフ約3万8000人が、世界約60の国と地域で援助活動を行っています。1971年にフランスで医師とジャーナリストによって設立され、日本を含む世界28ヵ国に事務局をもつ国際的な組織です。1999年にはノーベル平和賞を受賞しています。

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