ネパール: 被災者の心に寄りそって――MSFの心理ケア活動

2015年06月02日掲載

避難場所でMSFの治療を受ける被災者 避難場所でMSFの治療を受ける被災者

2015年4月25日。ネパールを襲った大地震で、大勢の人びとが大切な人、住まい、財産を失った。被害は計り知れない。しかし、がれきを拾い集め、生活を立て直すほかない。復興に向けて立ち上がろうとしていた矢先、5月12日に新たな地震が発生した。修復中の建築物が倒壊し、人びとの間には不安、混乱、そして、さらなる地震への恐怖がまん延した。

国境なき医師団(MSF)は北西部と東部の山間部で、被災者を対象とした心理ケア活動を展開している。MSFのカミニ・デシュムク心理療法士が担当している活動の1つが、心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)だ。

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「心の回復期には時間が必要」

地震による落石で家屋が破壊され、道路もふさがれてしまった 地震による落石で家屋が破壊され、
道路もふさがれてしまった

PFAは、心に傷を負った人が、その事態に対処できるように心理的なメカニズムを強化することと、恐怖と不安に向き合う手助けをすることが目的だ。カミニはそのほかに、個々人のニーズに応じたグループ・セッションも担当している。

「被災地で何が起きているのかを、隠さず伝えるようにしています。そうした方が、被災した方々にとって状況に対処しやすいのです。少しずつですが、現実を受け入れ、生活を再開できるようになっていくでしょう」

最初の地震後から修復が進められていた家屋が、2回目の地震でさらに被害を受けた。亀裂がますます広がり、倒壊するかもしれないと不安で帰宅できない。こうしたケースがあちこちにある。さらなる地震を恐れて村を出た人もいる。カミニは「心の回復期に入るにはまだ時間が必要かもしれません」と話す。

心理教育の役割

MSFスタッフと一緒に歌を歌う被災した子どもたち MSFスタッフと一緒に歌を歌う被災した子どもたち

心理ケアが必要な被災者が子どもだった場合、「地震とは何か」といった基本的なことから始め、体験したことを話してもらい、歌やお絵かきへと誘導する。「描かれたものから子どもたちの体験がわかり、助言が可能になる」からだという。

どの集団にも、大規模な自然災害が発生した際の独自の対処メカニズムがある。寄り集まって歌や踊りのような社会的交流で乗り切る人びともいれば、親類や友人と体験を共有する人びともいる。また、より大きな安心の得られる場所に住まいを移す人もいる。

カミニは「各集団の自然な対処メカニズムを、心理教育で後押しすることに全力を注いでいます」と話す。

食糧不足に悩む被災者

震災当時の状況を説明するクマリ・ダカルさん 震災当時の状況を説明するクマリ・ダカルさん

首都カトマンズのMSF心理ケア・チームは、住居の倒壊、環境悪化、不安などのために帰宅できない人びとが滞在しているチュチバティ・キャンプで、グループ・セッションを提供している。

クマリ・ダカルさん(85歳)は、人生で3回の大地震に遭遇した。最初は1934年、そして2回目と3回目が2015年の4月と5月だ。借家の壁には複数のひびが入り、余震の心配もあるため、娘とともに同キャンプに避難した。片膝が痛み、正座がつらく、目も耳も調子がよくない。

MSFがキャンプ内に貯水タンクを設置してからは、清潔な飲用水が手に入るようになった。しかし、食糧の確保には苦心している。「問題は食糧です。米も豆も足りません。倒壊が怖いので帰宅もできず、手に入る限りのものでしのいでいます。毎日、不安です」

バス・ビルさんは「何もかも失ってしまいましたよ」とため息をつく。シンドゥパルチョーク郡の自宅は倒壊し、病気の父は震災後に亡くなった。「この地域では13日間、喪に服すことになっています。でも、そうしたところで癒せそうにないほど、大きな心痛を感じています」と話す。

大変な状況でも、人びとには復興への意志が感じられると、MSFのレナタ・ベルニス心理療法士は言う。「ゴルカ郡内を巡り、圧倒されました。壊滅した各村を訪れて暗い気持ちになっていたのです。ですが、驚いたことに、被災者たちは『立て直す』というのです。その意気があれば、きっと乗り越えられるだろう、立て直せるだろうと思います。彼らは被災者である前に、まず人間です。避けようのない天災で甚大な被害に遭った人間なのです。そんな彼らが、懸命にその日その日を生きようとしています」

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