グアテマラ:「グアテマラにおいてこれほどの破壊を見たことはない」− MSF初期調査ミッションの報告−

2005年11月08日掲載

「スタン」により浸水し、孤立した村 「スタン」により浸水し、孤立した村

国境なき医師団(MSF)フランス支部のロジスティックス部門ディレクター、フランシスコ・ディアスは、熱帯性低気圧「スタン」に対応しているMSFチームに協力するため、グアテマラに赴いた。以下は彼が見た現地の状況とMSFの活動報告である。

熱帯性低気圧「スタン」はグアテマラの重大な国家的危機である。1998年10月にグアテマラを直撃した熱帯性低気圧「ミッチ」でさえ、これほど破壊的なものではなかった。数万人の人々が暴風雨、およびそれに伴う洪水、地滑り、土砂崩れの被害を受けた。自然災害への対応時の常として、MSFにとっては活動目標を慎重に定め、多面的に援助の必要性を見極めることが重要である。

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あらゆる救援活動と同様に、必要性の評価が重要

被災した人々の生活環境は恐ろしいものであり、多くの被災者は孤立し、広い地域に分散ししている。MSFはグアテマラ南西部のサン・マルコスおよびタカナと、南東部のチキムリジャおよびフティアパ地域において複数の調査ミッションを行った。

公式統計から一例を挙げると、42の村、9カ所の診療所がある、チキムリジャ地域(約16 km四方)には1万5千人の被災者がいた。私はチキムリジャ地域のラ・ボンバ、およびそこからさらに谷を下った2つの被災した村、ラス・ポザスとラ・ルビアへ向かう最初のチームの一員であった。これらの3つの村はすべて孤立し、浸水している。近くの川が数百mにわたり氾濫し、すべてのものを破壊していた。最も貧しい村は災害への備えも貧弱であり、最も被害を受けやすい。泥以外には何もない。道路が20cm以上も浸水し通行不可能であったため、野原を進まねばならなかった。

医療の質と給水の確保

最初の評価により、被災した人々が必要としているもの、そして現地の保健医療施設の状況に関する大まかな感触を得ることができた。これらの調査ミッションの間にも、私たちは医薬品、毛布、飲料水、および水の塩素殺菌装置の配布など、救急支援を行った。

私たちの目的は、まず診療所の評価をすること、各々の村に関して、多くの情報の中でも、医薬品供給、水へのアクセス、および特に住居に関する被害の程度の状況に関する情報を収集することにあった。何よりもまず、診療所が質の高い医療を提供していることを確認したかった。私たちは必要に応じて、医薬品および医療機器の提供を行った。水へのアクセスもまた必要不可欠である。私が訪れた診療所の中では、例えばラ・ボンバの診療所は暴風雨でポンプが破壊されたため、水がすでに底をついていた。

1回目の調査ミッションの完了後に、MSFは救援活動を行う場所を決定した。今回は、チキムリジャ地域において活動を行うこととなった。チキムリジャでは他の援助団体が活動を行っておらず、人びとが過酷な生活環境にある家に戻る過程にあった。私たちの活動では、同地域の3,000世帯に救援を行うことになる。

正確なニーズを評価するための2回目の調査ミッション

被災者が家に戻りニーズも変化したため、2回目の評価段階も最初の調査と同様に重要であった。私たちは救援活動を、チキムリジャ地区の9つの診療所への医薬品および医療機器の寄付、水の供給、救援物資および住居の再建のための建築資材の配布に焦点を当てて行った。

洪水により、普段使われている水源は汚染されている。私たちはラ・ボンバの診療所の井戸を修復した。他の診療所では、MSFのチームが給水システムの設置を計画している。私たちのチームは現在、泥で埋まってしまったこれらの井戸の浄化を行う最良の方法を検討している。被災者は当面の間、トラックでの水の輸送に頼るしかない。

すべてを失った世帯には衛生キット(石けん、ポリバケツなど)や調理キット、そして建築資材および工具など、さまざまな物資を被災者へ配布することを計画している。

その他の健康上の問題への対応と計画

人々の想像に反して、自然災害後の伝染病のリスクは必ずしも高くはない。同地域では「スタンの直撃以前からA型肝炎が確認されていたため、私たちは疫学的監視システムを設置し、緊急医療の提供が可能な体制をとった。チキムリジャ地域での調査ミッション中にMSFの医師が診察した主要な疾病は、下痢、呼吸器感染症、皮膚感染症が数例であった。

また、この地域には普段からデング熱とマラリアが存在するため、感染リスクの抑制が優先される。私たちのチームは殺虫処理を施した9,000帳の蚊帳を配布し、これらの疾病を主要に媒介する蚊を駆除するために、水溜りに殺虫剤の噴霧を行う予定である。移動診療も立ち上げ、5つのチームが医療支援を提供するため近隣の村を訪問している。

日々を生き抜くことが課題

孤立した人々への食料の供給も関心分野のひとつである。洪水は食糧の備蓄を含め、すべてを流し去ってしまった。もちろん、緊急委員会などの現地の組織が食糧の無料配給を行ったが、これらの配給はわずかに2~3日分であり、しかも配給方法は公平な分配を保証するものではない。私が収集した情報によると、配給は「先着順」を原則として行われている。二重配給を防ぐための登録システムも存在しない。

この地域の住民の中には、住居、備蓄食糧、収穫物、そして仕事など、ほとんどすべてを失った者もいる。この地域における次の収穫期は2006年5月である。農民は主にトウモロコシやパパイヤ等の少数の果物を栽培するが、住民の多くは「フィンカ」と呼ばれる大規模農園で日雇い労働者として働く。これらの農園も浸水したため、これらの日雇い労働者の職はなくなり、したがって収入もない。

私が会った人々は概ね、将来について考えていない。彼らは生き延びるだけで精一杯である。生活条件、特に衛生条件は「スタン」の襲来以前から既に困難なものであった。彼らがどれくらいの期間、外部の援助を頼りにできるかは分からないままである。世界食糧計画(WFP)が食料の配給を停止すると決定したため、最初の疑問がすでに具体的な形をとりつつあるように思われる。食糧の備蓄と収穫物を失ったこの人々に、誰が援助の手を差し伸べるのか?

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