パキスタン:ペシャワールの新生児施設で過ごした6か月

2015年02月16日掲載

2014年7~12月にかけて、パキスタン北部のペシャワールにある国境なき医師団(MSF)の産婦人科病院で、新生児施設管理者を務めたヤスミーヌ・レイ医師。任務を終えて、活動した半年について振り返ってもらった。

MSFは2011年5月からペシャワールでベッド数30床の同病院を運営。ペシャワールには私営の産科病院も多くあるが、専門施設は診療費が法外で、公立施設は医療の質が悪く、難民、国内避難民、貧困層、連邦直轄部族地域(FATA)など、立場の弱い女性は容易に利用できない。

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最も小さな未熟児

ヤスミーヌ・レイ医師とイルファンさんの赤ちゃん ヤスミーヌ・レイ医師と
イルファンさんの赤ちゃん

「その子が生まれたとき、父親はアッラーの名を口にしませんでした(※)。ようやくそうしたのは生後25日。後遺症も残らず生きられると確信してからのことです。私たち皆にとって喜びの瞬間でした」

  • この習慣は父親ないし地域で敬われている人物が新生児の右の耳にアザーン(礼拝への呼び掛け)をささやくというもの。アザーンには万物の創造主たるアッラーの名が含まれ、"アッラーのほかに神はなし、ムハンマドはアッラーの使徒なり"という内容の信仰の告白が続く。

レイ医師が忘れられない出来事として、柔らかくも確かな口調で語るのは、女の赤ちゃんと父親のイルファンさんの話だ。「入院時の母親は妊娠29週というところだったでしょう。赤ちゃんの出生体重は1キロにも達していませんでした。私がそれまでに見た中でも最も小さな未熟児でした」

医療チームは速やかに最善のケア態勢を整えることに。輸血をし、身体を温めたところ、幸い赤ちゃんの予後は順調だった。「あの子も生きることを望んでいたのでしょう」とレイ医師は話す。

しかし、それで完全に峠を越したわけではなかった。「2週間後、無呼吸症が見られるようになったのです。私は午後の時間を枕元で過ごし、息が止まるたびに目を覚まさせました。ご家族にも私にも大変な時期でした」――母親も上の子たちを家に残し、2ヵ月間赤ちゃんの病床に付き添った。

そして、寒いが晴れた11月のある日、イルファンさんは妻と娘を伴い帰宅。娘の体重は1600kgまで増加していた。そこで父親はその耳元でアッラーの名をささやき、名前を決めたのだ。

多くの「極低出生体重児」が命を落とす

ペシャワールでMSFが運営する産婦人科病院 ペシャワールでMSFが運営する産婦人科病院

パキスタンでは毎年、多数の赤ちゃんが極低出生体重で生まれるが、病院に行けなかったり適切なケアを受けられずに亡くなっていく。特に遠隔地域では母親が診療所まで何時間も歩いて行かなくてはならないことがある。冬は寒さと雪でさらに厳しい環境となる。

子宮収縮を促し、分娩を早めるためのホルモン剤であるオキシトシンの投与後も、深刻な合併症は起きる。オキシトシンは、産婦の緊張を和らげる不安緩解剤ジアゼパムと併用する例もある。ここで問題なのは、ジアゼパムには新生児の呼吸を止めてしまう副作用があることだ。

「病院では、出生後何時間も呼吸困難状態にあった乳児たちを受け入れることがあります。その多くは酸素欠乏で回復不能の併発症を起こし、命を取り留められません。今回初めて参加したMSFの活動の中で最もつらかった経験です。医療者として私たちがそこにいるのは、処置を行い、命を救うためです。失うためではありません。幸い、チームは優秀でした。医師4人、看護師8人、助産師8人が交代しながら、24時間体制でつききりのケアをします。私たちの優先事項は、出産後24時間以内の母親と脆弱な新生児を継続的に観察し、完璧な衛生状態を確保することです。そうした厳密な方法で、多くの命を救いました」

革新も進んでいる。例を挙げれば、女性専用である同病院に父親たちの訪問を認めたケースもある。その結果、医師の助言を拒み早期に退院する女性の数が減少している。

早産や多胎出産による負担

MSFの産婦人科病院で生まれた新生児 MSFの産婦人科病院で生まれた新生児

「パキスタンの女性はときに7~8人にも及ぶ子だくさんというだけでなく、早産や頻繁な多胎出産という問題も抱えています。例えば、MSFの病院でも1ヵ月に3組の三つ子に対応しました。いずれも自然分娩です。また、残念ながら赤ちゃんを救えなかったお産も1件あります。妊娠30週くらいだったでしょう。胎児があまりにも小さく、肺が正常に形成されていなかったのです」

医療記録と妊娠中のケアが乏しいため、病院のチームも母親の年齢や妊娠期間を正確に把握できるわけではない。こうした傾向は特に部族地域で暮らす人に見られる。自動車で2~3時間のハングー郡にもMSF病院があるが、新生児ケア施設を備えていないため、多くの患者がペシャワールに紹介されてくる。

「ある日、男女の双子を産んだ女性がいました。赤ちゃんはどちらも1キロほどです。母親は夫にとって5番目の妻でしたが、初の男の子でした。お見舞いのたびに双子をそれぞれの腕に優しく抱くご主人の姿に感激しました。彼が座る横には、母親となった喜びにあふれる奥さん。素晴らしい光景でした」

MSFのペシャワール病院が2013年に受け入れた新生児は374人、女性は3717人。そのうち40%の女性に妊娠合併症が見られた。分娩介助で生まれた赤ちゃんは帝王切開10人を含む週平均62人で、2012年の2倍の数値となった。

パキスタンの妊産婦死亡率と乳幼児死亡率

パキスタンの妊産婦死亡率は出生10万人に対し、約276人(フランスは9人)。乳幼児は全体の約10%が5歳の誕生日を待たずに亡くなり、主な死因は下痢や肺炎のほか、本来はワクチンで予防できる疾病。5歳未満児の約40%が発育不全で、特に都市圏外では水洗設備のない家屋に住んでいる。(データ出典:国連児童基金<ユニセフ>)

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