南スーダン: 紛争の2次被害、"カラアザール"が急増

2015年01月21日掲載

MSFのカラアザール治療を受ける6歳の女の子 MSFのカラアザール治療を受ける6歳の女の子

南スーダンで2013年末に始まった紛争が今なお続いている影響で、地域の風土病となっているカラアザール(内臓リーシュマニア症)の感染リスクが高まっている。紛争からの避難先が病気の流行地域だったり、栄養失調で抵抗力が弱ったりしていることが原因だ。紛争地域では多くの保健医療施設が機能不全に陥り、治療も受けづらくなっている。

国境なき医師団(MSF)が2014年に南スーダンで治療したカラアザール患者は6700人以上。2714人だった2013年の2倍以上となっている。患者の大半はジョングレイ州ランキエンの住民だ。MSFプログラム責任者のケイシー・オコナーに、MSFの取り組みと苦難の1年について聞いた。

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サシチョウバエが生息する森に……

MSFプログラム責任者のケイシー・オコナー MSFプログラム責任者のケイシー・オコナー

MSFはランキエンで、20年近くにわたり医療施設を運営。基礎医療やカラアザールなどの熱帯病の治療を提供している。オコナーは「2014年初頭には、戦闘被害者の負傷に対応しきれていないことが明らかでした。避難者が増え、MSFの医療・人道援助の対象となる人数も増えていたのです」と説明する。

ジョングレイ州の住民の多くが逃げ込んだアカシアの森は、カラアザールの媒介生物となるサシチョウバエの繁殖地だ。屋外で就寝し、蚊帳がないことも珍しくないため、感染リスクが高まる。

紛争が起きる前にカラアザールの検査と治療を行っていた保健医療施設の大半は、機能不全か医療物資不足の状態で、早期治療が困難になっている。カラアザールは、治療しなければ致死率はほぼ100%だ。

例年より3ヵ月早くピークに

オコナーによると、カラアザール患者が増えてきたのは2014年6月のこと。例年より早い時期の増加で、症例数は前例がないほど多かった。当初は“例外的”な状況だとみられていたが、次第に前例のない規模の流行だと認識されるようになった。

カラアザールの例年のピークは9月だが、それよりも3ヵ月早い増加に、医療補助の増員、勤務時間の延長、薬の追加発注などで懸命に対応した。7月~9月に約2000人が治療を受けており、記録が残る1999年以降では最悪の水準となった。10月以降は新規症例が減少し、患者数が横ばいに入ったが、予断を許さない状況が続いている。

カラアザールは肝臓、脾臓(ひぞう)、骨髄などの組織を侵し、免疫系を弱体化させ、感染症への抵抗力を奪う。治療では、1日2回の注射を17日間続けることが一般的だ。重症者、妊婦、HIV感染者は、入院と5日間の静脈注射が必要となる。

オコナーは「注射を受けた患者数が800人に達した日も何日かありました。現在でも最大で1日250人ほどになります。この注射はお尻の筋肉に注射するため痛みが強く、それが17日間も続きます。子どもの泣き声が1日中聞こえてきます」と話す。

治療薬が世界的に不足

カラアザールの治療薬は世界的に不足しており、深刻な事態だ。製造している製薬会社は1社のみで、製造に半年を要する薬もあるからだ。薬の不足で治療が中断されれば、患者は激痛を伴う注射治療を始めからやり直さなければならない。オコナーは「早期治療ができるかどうかが、生涯有効な免疫を獲得して回復するか、命を落とすかの分かれ目となるのです」と指摘する。

MSFはジョングレイ州ランキエン、チュイル、ユアイの3ヵ所でカラアザールを治療。隣接する上ナイル州ではマラカルとメルートの2ヵ所で対応している。2014年、南スーダンで治療したカラアザール患者は合計6754人(2013年は2714人)。

MSFの治療を受けた患者の声

ムサさんの体験談(ジョングレイ州コルフォルス出身/2014年12月)

カナルの襲撃事件の後、妻と7人の子どもを連れて避難しました。すべてを自宅に残し、歩き続けること1週間。その時からずっと体調が優れませんでした。日中は歩いたり、子どもを運んだりできていたのですが、夜になると高熱が出て、休息が必要でした。どうにか避難場所にたどりつくことができました。

実は、2014年2月に、8番目の子どもをカラアザールで亡くしました。その経験から、私自身の病気もカラアザールであることは明らかでした。MSFがランキエンで医療援助を行っていることも知っていました。

やむなく7人の子どものうち5人を知人に預かってもらい、ランキエンの病院へ向かいました。4日間歩き通してランキエンに到着し、今日で治療12日目になります。治療を終え、体力が回復し次第、残してきた子どもたちを連れ、アコボに住む両親のところへと向かいます。子どもたちのためにもアコボでの平穏な生活を望んでいます。

マラカルから避難してきた女性(30歳/2014年11月)

7人の子どものうち4人がカラアザールにかかり、1人が亡くなりました。私も6月からこの診療所にいます。紛争が起きた直後にマラカルを離れ、親類がいるウロル郡に避難しました。子どもたちの体調が思いやられます。まだ治っていない子がいて、とてもひどい容体です。

ランキエンから避難してきた女性(36歳/2014年11月)

ひどい状況です。人びとが争い、病気が流行しています。息子もカラアザールにかかってしまいました。5月にチュイルを離れ、親類がいるランキエン近隣の村落に避難しました。寝具も調理器具もなく、食事も毎回、親類を頼るほかありません。

ボルからニロルに避難した女性(19歳/2014年11月)

息子と夫とともにボルでの戦闘を避難したのが1月のことです。大集団での移動でした。息子がカラアザールにかかっているので、3ヵ月前からこの病院にいます。容体が回復し次第、ユアイ近郊に住む両親のもとに向かうつもりです。

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