タイ:注射による薬物使用者たちとの活動

2008年12月31日掲載

タイにおいて、注射による薬物使用者はHIVの感染リスクが最も高い集団の1つである。世界保健機関(WHO)の2007年の報告によれば、この集団の罹患率は過去15年以上にわたって常に30~50%ときわめて高い率にとどまっている。この社会的に無視されている集団に対する偏見や差別の意識は今も広く残っている。タイはHIV/エイズ流行の抑制政策で成果を挙げてきたことで高く評価されているが、薬物使用者の多くは国の健康保健計画を通じた無料の抗レトロウイルス薬(ARV)治療を受けることができない状況にある。

2005年、薬物使用者の支援活動を行っている地域の組織「タイ薬物使用者ネットワーク(TDN)」が国境なき医師団(MSF)に同組織のドロップ・イン・センターで週単位の移動診療所を運営し、HIV/エイズに関するワークショップを開催してほしいと要請してきた。以来3年間、MSFは薬物使用者たちと共に活動を行ってきたが、最近、活動の規模を縮小するとともに、彼らが同僚の活動従事者のために健康教育プログラムを開発するのを支援している。

過去25年間薬物中毒に苦しみ、ヘロインをやめて1ヶ月になる48才の男性パイリンは次のように語る。「私の人生は薬物によって台無しにされました。私は薬物のために大学を退学になり、職を失い、恋愛にも失敗しました。3年近く刑務所で過ごし、そしてHIV/エイズに感染しました。私が自分自身や自分と同じ問題を抱える人びとを助けるためにTDNで働き始めたのはそのためです。」

TDNは2002年にある薬物使用者のグループによって設立された。彼らは自分たちの仲間がHIV/エイズに関連する病気によって次々と死んでいくのを見ることに嫌気がさし、自分たちが保健医療を受けようとしたときに直面した障害について克明に記録し社会に伝えていくことを決意した。この組織はHIV/エイズについてカウンセリングを行い、薬物を絶ち、禁断症状の緩和と依存症を抑えてくれるメタドンを処方する公営の病院で治療を受けることを希望する人びとに支援を提供している。またTDNはARV薬による治療の対象に薬物使用者を全面的に含めるよう継続的に衛生当局に働きかけている。

パイリンはMSFのワークショップに定期的に参加してきたTDNの活動従事者のひとりである。ドロップ・イン・センターでは、パイリンと他のアウトリーチ活動(※)従事者たちはいくつかのグループに分かれて、免疫の低下によって発症する「日和見感染症」やその予防についてディスカッションを行っている。彼はまた、注射針の使い回しなどのリスクの大きい行動について啓発活動も行っている。

これまで2年間薬物使用者といっしょにワークショップを開催してきたMSFの看護師ラチャニーコーン・クロンニャムはこう説明する。「アウトリーチ活動の従事者は自分たちのコミュニティーに緊密なネットワークを有しています。彼らが必要な時にすぐに治療を求められるように、彼らに日和見感染症の症状を見分ける訓練を行うことはとても重要です。問題は、彼らが逮捕を恐れて身を隠してしまう傾向にあることや、日和見感染症が発現したときに治療を受けられるまでに非常に長時間待たされることが多いことです。」

過去3年間に、MSFはバンコクにある2ヵ所のドロップ・イン・センターで薬物使用者が基礎医療を受けることのできる隔週の診療所を運営してきた。診察を受けにやってくる患者のほとんどは上気道感染や皮膚病を患っており、半数近くがHIV陽性患者であった。

薬物使用者が使用済みの注射器を消毒済みのものに交換できる「注射器交換プログラム」はタイでは利用することができない。過去には麻薬中毒はしばしば治療する必要があるというよりは懲罰を加えるべき対象と見なされていた。2003年には麻薬に対する厳しい取締りが暴力的な弾圧へと発展し、2千人を超える人びとの殺害をもたらし議論の的となった。いわゆる「麻薬戦争」と呼ばれたこの期間に、さらに数千人が逮捕され多くの薬物使用者が身をひそめた。

タイの国民は無料の医療やHIV/エイズ治療を受けることができるにもかかわらず、多くの薬物使用者はこうしたサービスを受けることができないように思われた。現在、メタドンの服用治療を行っているポムがそのときの状況について説明する。「病院にいくのは容易ではありませんでした。医者の私たちに対する態度は消極的でした。私たちの病歴を目にしたり、あるいは私たちが薬物使用者であることを察すると、すぐに私たちを三流市民のように扱いました。順番待ちの列があるときは、たいてい最後に回されました。何時間も待たされた挙句に結局診てもらえなかったこともたびたびありました。」

MSFのスタッフは病院に搬送する必要のある薬物使用者に同行し、病院スタッフと薬物使用者とのコミュニケーションのギャップを埋め、彼らが適切な医学的対処を受けられるように病院スタッフと折衝した。クロンニャム看護師はその時の状況をこう説明する。「中には単に身分証明書を紛失してしまった、あるいは更新できなかったという理由だけでARV薬による治療を受けられなかった者もいました。私たちは彼らがこの国の健康保険システムに復帰できるように支援を行いました。」MSFはまた彼らの服用遵守についても注意深く観察した。MSFを通じてARV治療を受けてきた患者のすべてが、今ではこの国の保健医療システムの管理下に切り替えられている。

クロンニャム看護師は強調する。「薬物使用者といっしょに活動することは難しいことかもしれません。彼らの生活はしばしば麻薬依存症によって支配され、集中力も長続きしません。しかし、私たちは彼らについて多くのことを学び、全般的には肯定的な結果を得ることができました。」

病院のスタッフとの関係が何年にもわたり改善してきたこともあり、薬物使用者たちは次第に独力で病院に治療を求めに行くことに自信を深めつつある。

パイリンにとって、信頼の雰囲気が培われてきたことがHIV/エイズに関する知識と啓発活動に関する成果に著しく貢献した。「何年か前には、私は1日に3回ヘロイン注射を行っていました。注射針を5人ほどの小グループの中で平気で使い回していました。HIVの感染リスクについてほとんど何も知りませんでした。しかし今では、リスクや自分たち自身の身を守るにはどうしたら良いかについてはるかに多くのことを知っています。」

しかし、最近の「麻薬戦争」の復活に関する政府談話は、薬物使用者がHIV/エイズ治療をうけられる可能性が再び深刻に閉ざされるかもしれないという不安を煽っている。

パイリンは続ける。「私は2003年の麻薬戦争の間に、逮捕され刑務所に送られました。友人のほとんどもその時に捕まりました。人びとは潜伏しました。警察が定期的に手入れを行っていたセンターには、人びとは恐怖のあまり足を運ぶことができなくなりました。当時はまったくひどい状況で、医療を求めていたあらゆる人びとに対して門戸が閉ざされていました。あのような時代がもう完全に過ぎ去ったことを願っています。」

  • こちらから出向いて、援助を必要としている人びとを積極的に見つけ出し、サービスを提供すること。