国際社会が直面する中国の北朝鮮人の運命

2003年02月24日掲載

  • この文章は2001年8月7日に作成されたものです。
〈写真説明〉去る3月14日中国に不法に入国した25人の北朝鮮難民が第三国に保護を求めて北京のスペイン大使館に駆け込んだ。 去る3月14日中国に不法に入国した25人の北朝鮮難民が
第三国に保護を求めて北京のスペイン大使館に駆け込んだ。

国境なき医師団(MSF)は1998年に北朝鮮での活動から撤退した後も、援助再開の可能性を求めて、北朝鮮情勢に関する調査を続けています。しかし独立した人道援助の環境が整わず、再開の見込みは立っていません。一方で飢餓を逃れて中国国境を渡る北朝鮮人の数は増えつづけ、中国政府の彼らに対する逮捕、過酷な処遇、強制送還といった抑圧は強化される一方です。

MSFソウル代表ソフィー・デロネーが、中国国内の北朝鮮人難民をとりまく状況について語りました。

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現れなかった家族

M川に日が暮れる。ほっそりした太刀のような形をした緑、黄、青色の数隻のボートが外出禁止時間前の最後の往来をしている。あと数分で船が岸に着くのが見えなくなるだろう。明日の朝まで。M川の有名な河口、東アジアの小さな部落ACにはきらきら光る夕日の美しさの他は、明かりも、人を引きつけるものもなにもない。数キロに及ぶ水平線に中国の小船の影はない。今夜はもう来ないだろう。

自国から逃れ、韓国の市民権を獲得できる第三国に行こうと決心した6人の北朝鮮人のグループは、ここに接岸するはずだった。グループの中には中国で生まれた2才半の病気の子供も含まれている。子供の母親はすでにソウルで暮らしている。また48歳の男性は他の家族と同様、信仰を捨てることを拒否したため国から重い刑を課せられたという。彼の父親と兄弟の1人は違法とされるプロテスタントの信仰のために処刑され、75歳になる母親は同じ目にあうことを恐れて中国に身を隠した。彼女はこのような長旅をすることになろうとは思ってもいなかったが、そこには保護を求める北朝鮮人たちへの抑圧が全土に吹き荒れていた。公式の情報によるとここ数ヶ月で7000人を超える人々が強制送還された。今日では安全なところなどほとんどない。息子は一か八か最後の機会にかけることにしたのであった。
4日間毎日、素晴らしい落日の輝きが夕暮れの川を赤く染めた。彼らはついに来なかった。彼らは国境ヘあと数キロという中国南部の村で逮捕され、長時間にわたる尋問を受け、それから夜中に北朝鮮に隣接する吉林省の首都長春まで送られた。長春から図們の国境警備所に連行され、そこから北朝鮮の警察の手に渡され国へ送還されることになるだろう。そして最高刑に処せられることになる。

脱北者の運命

朝鮮民主主義人民共和国憲法第47条によると亡命は重大な反逆罪で死刑に値する。つい最近まで北朝鮮では死刑は公開で行なわれた。それに立ち会うことは義務でさえあった。2年ほど前から公開処刑のことが外国に知られるようになり国際社会の憤りを買ったため、その後処刑は内密で行なわれるようになった。彼らが逮捕された地点を考えると、脱北の意図があったことは疑いのないところである。そしてもし彼らグループが北朝鮮の国境を超えたとしても、彼らの救援にかけつける術を知っている人は世界中どこにもいない。

それをよく承知している中国は、数ヶ月来北朝鮮難民の逮捕と本国への強制送還のテンポを速めている。北朝鮮の危機は1998年に始まった。2000年6月の金大中(韓国大統領)と金正日(北朝鮮総書記)との歴史的会談以降、北朝鮮を挑発して半島の統一という希望に水をさす危険を冒そうとする国はない。さらに北朝鮮の同盟国である中国との紛争に関わろうとする機関もない。それゆえ人道上見過ごせない場合あるいは難民が政治的危険を証明できる場合に限って、現実的な方策が考慮されるのである。実際には北朝鮮人でこれまで難民の認定を受けたものはいない。「人道上」許容できない、または「政治的見地から見て目に余る」と判断されるいくつかの強制送還のケースに対して例外的に国際社会が騒いだとしても、時すでに遅しである。先月も中国南部で8か月の身重の若い女性が逮捕され、危険な状態にもかかわらず数日で本国に強制送還された。

同じ頃、朝鮮系中国人に6年間育てられた6歳から12歳の6人の北朝鮮人孤児が学校で呼び出されその日のうちに北朝鮮に送られた。逮捕、虐待、本国への強制送還は北朝鮮の飢餓を生き延びた人々のごく日常的な運命となってしまった。WFPの報告書に登場する脆弱で飢えた人々とは実は彼らのことであるが、出国して食べ物を求め生き残ることに奔走しているため彼らの実態が報告書に書かれることはない。国民を飢えさせる体制に反対の態度を示すだけで、飢え死にするか拷問にかけられるかの二者択一を迫られることを彼らは知っているのである。

大使館を取り囲む鉄線の長城

人々は自由を選びチャンスに賭けるために中朝国境を超えようとする。少なくとも彼らはそれを信じている。しかし中国は1年前から国内で援助を求める北朝鮮人たちに対する抑圧を強化するばかりである。25人の北朝鮮人が北京のスペイン大使館に駈け込んだ2002年3月13日以降、各国在外公館は中国の警察がその敷地の周囲に有刺鉄線を張ることを意気地なくも承知した。ある種の外交的皮肉なのだろうか、北朝鮮大使館もまた鉄線で飾られた(北朝鮮に保護を求めるほど不幸なこともないであろうに)。わずか数人の市民が救済を請願しに来ることを恐れて防備するとはそれが一国の名に値する行為だろうか。在中北朝鮮難民らが大使館の正門突破に失敗した結果、国際社会はその周囲に恥ずべき鉄線の長城を築き、かつての紫禁城の皇帝のようにふるまっている。それどころかスペイン大使館を始めとしてドイツ、日本、カナダ、アメリカの大使館に至るまで最近北朝鮮人の保護の要請に巻き込まれたどの国も、難民の地位の認定請求について、検討という形ですら答えていない。

「保護を享受できない民間人」

それにしても一体国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は何をしているのだ?難民の保護と地位に関する国際条項の実現を監視するため1951年の条約に基づき設立されたUNHCRは中国の北朝鮮難民に対し何の対策も取ってしていない。北京の代表部は何もできないと訴え続けるばかりである。生命や自由を侵害される恐れのある土地へ難民を追い出したり追い帰したりしないことをすべての締結国に約束させる1951年の条約に中国は批准している。しかるに北朝鮮当局に引渡された北朝鮮人は直ちに投獄され虐待されていることは周知のとおりである。

国際法においては、難民とは本国政府の保護を享受できない民間人であるとされている。援助を求めて中国にやってきた北朝鮮人はだれでもこの規定に該当する。昨今多数の脱国者が顕著になってきているにもかかわらず、彼らの多くは難民の地位を要求すらしない。それでもやはり彼らには、援助を受ける権利、保護の恩恵を受ける権利、さらに強制送還されない権利があるのだ。難民の認定は国家の役割である一方、UNCHRは非政府組織と協力して庇護を求める人々を保護する仕事を義務としている。UNCHR北京代表部はしかし、中国の明白な主権の存在を理由に、2年も前からその役割をかたくなに拒否しているのである。

人道援助は犯罪

一方、中国が遵守している協定とは中国に違法に侵入した北朝鮮人はすべて送還するという北朝鮮と締結したそれである。かの記憶すべき中国における経済運動「大躍進」の際の飢饉で、北朝鮮は中国からの移住者を国の名誉にかけて阻止した。それから40年後、北朝鮮でまったく同じようなことが起こったのである。中国は今、半世紀も前に3千万の死者が出たという秘密を守ってもらうという約束にしばられている。しかし中国のような大国が危急の際に取り決めた古い条項のためにこれほどまでに理性を失ってしまうとはとうてい考えられないことである。

今年中国当局により数千人にのぼる強制送還が行なわれたからには、北朝鮮体制の恐ろしさを黙認することも、中国政府の対応に対する憤りを表に出さないことももはや不可能だ。ドミノゲームのように援助のネットワークはすべて次から次へとつぶされた。わずか一握りの北朝鮮人を助けようとして有罪とされた韓国の4人の宣教師も未だに中国の牢獄に拘置されている。今日の中国で適法なこととは、告発し、追い詰め、逮捕し、投獄し、非人道的な運命を宣告することである。援助を与えることもまたそれを求めることも犯罪そのものになってしまったのである。

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