リベリア:「帰ってください」――MSFエボラ施設の前で何が?

2014年09月11日掲載

MSFの文化人類学者であるピエール・トルボビッチ MSFの文化人類学者であるピエール・トルボビッチ

西アフリカでエボラ出血熱の対応にあたっている国境なき医師団(MSF)のチームには、文化人類学者も加わっている。ベルギー出身のピエール・トルボビッチもその1人だ。

8月下旬にリベリアの首都モンロビアに着いた。エボラ専門治療センターはすでに満床で、医療スタッフは疲弊していた。一方、施設前の路上には、体調の悪い人、検査を望む人の列がのびていた。トルボビッチは、そういった人びとに帰ってもらうというつらい仕事を引き受けた。それは、彼の想像を超える過酷な体験だった――

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誰かがやらなくては

モンロビアに到着して間もなく、MSFチームがエボラ流行の規模に疲れ果てていることが分かりました。MSFが現地に設置した治療センターは、MSFの過去のエボラ対応と比べて最大規模です。しかし、すでに満床で、プログラム責任者のステファンが施設前に並ぶ人びとに、帰ってくれるように説得していました。

MSFの活動は、状況に応じた対応が求められます。MSFのスタッフはおそらく誰も、来院した人びとに帰ってもらうことなど予想していなかったでしょう。モンロビアの現状では、"追い返す"仕事を誰かがやらなくてはなりません。それで、私が引き受けるにことにしたのです。

できることはなにもない

患者とMSFへの願いを込めて住民たちが施設にくくりつけた風船 患者とMSFへの願いを込めて
住民たちが施設にくくりつけた風船

施設前に立ち始めた最初の3日間は、激しい雨が続きました。列をなしている人びとは、ずぶ濡れになりながら、受け入れられるときを待ち続けていました。ほかに行くあてがなかったからです。

私が最初に対応したのは、病気になった10代の娘を自家用車のトランクに乗せて連れてきた父親でした。彼は学識のある人で、娘を受け入れてくれるようにと懇願されました。「自分では娘の命を救えません。娘を預かっていただければ、せめて家族への感染は防げます」

そこまで聞いたところで涙が出て、テント裏で気を落ちつけました。泣くことを恥ずかしいとは思っていませんが、仲間のためにしっかりしなければ……と思ったのです。もし、私たちスタッフが泣き出したら、収拾がつかなくなります。

ただ車を止めて病人を放り出し、走り去って行った家族がいました。置き去りです。椅子に赤ちゃんを乗せて置き去りにしようとした母親もいました。MSFが仕方なく子どもを引き取るだろうと考えての行動です。

幼い娘を連れてきた夫婦の説得を試みたこともありました。2時間後、その女の子は門の前で亡くなり、遺体回収チームが来るまでそのままでした。

他の医療施設からは、エボラの疑いがある患者を乗せた救急車がひんぱんに到着しました。しかし、できることはなにもありません。「満床です」と断って他にまわすわけにもいきません。どこもずっと、満床のままなのですから。

なぜ新規患者を受け入れられないのか

施設内で再利用できないものはすべて焼却処分する 施設内で再利用できないものはすべて焼却処分する

なぜ新規患者を受け入れられないのか。施設内の高リスク区画に足を踏み入れて、分かりました。満床であることに加え、スタッフの余力がまったくなかったのです。エボラ治療センターには厳格な安全基準があり、それに基づいて手順が決められています。これを厳守しなければ事故につながります。

たとえば、防護服の装着を完了するだけで15分かかります。着ていられるのは最長1時間。汗が蒸発しないため、1時間もたたないうちに汗だくになり、ひどく疲れます。高リスク区画への滞在時間が長くなればなるほど、危険度が高まります。一方、作業は重労働です。患者の排泄物、血液、吐いたものなどを掃除したり、遺体を運び出したり……。

この状況で新規患者を受け入れ続けることは、MSFのスタッフや活動の継続性を危険にさらすことになります。しかし、家族を受け入れてほしいと懇願する人びとに、安易に「施設を早急に拡張していますから」と言えるものでもありません。

できることと言えば、防護キットを手渡すぐらいです。このキットには手袋、ガウン、マスクが入っています。感染リスクを抑えつつご自身で家族の世話をしてください、との意図がこめられています。

激しい雨がやむと、焼けつく日差しが続きました。高齢の男性が5時間も、破れ傘の日陰だけを頼りに待っていたことがありました。男性は「日差しが強すぎるね」と言うだけで精一杯の様子でした。息子が付き添っていましたが、感染をおそれ、父親のそばに近寄ろうとはしませんでした。ようやく男性を受け入れることができ、息子が感謝を伝えに来ました。その目には涙が浮かんでいました。

一方、病気ではないけれど、エボラが心配で眠れず、食欲をなくしてしまった人たちも列に並んでいました。感染検査を希望していたのです。でも、息を引き取りつつある人にさえ「帰ってください」とお願いしている状況で、病気ではない人を受け入れることなどできるはずもありません。列には、働き口を求めてきた人もまざっていました。「遺体運びでもなんでもいいから仕事をください」と言うのです。

泣いたっていいときもある

施設内で患者に対応している看護師たちは、施設前に立っている私に同情し、「自分たちだったら同じことはできない」と言っていました。私が引き受けた仕事は、最初に想像していたよりずっと難しいことだと、その時、気づきました。1週間後、人びとを説得して帰ってもらうことは、もう打ち止めにしたほうがいいと言われました。この仕事をすることで、私の感情面の何が失われているか、仲間はわかっていたのでしょう。

その日の午後、仲間の1人に「見せたいものがある」と言われました。MSFでは、患者さんの退院が決まると、その人を囲んでささやかなお祝いをします。この特別な場で、患者さんからスタッフに感謝の言葉が贈られると、ここで頑張っていることに意味があったんだと報われた気持ちになります。仲間全員の目に、涙が浮かんでいました。泣いたっていい時もあるのです。

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