グルジア:トビリシにおける南オセチア避難民の援助

2008年09月03日掲載

南オセチア自治州で発生したロシア人、オセチア人、およびグルジア人同士の戦闘を逃れ、グルジアの首都トビリシに避難してきた人々に対し、国境なき医師団(MSF)の緊急援助チームが医療援助を行っている。避難民には高齢者もいるなか、チームは主に医療面での援助を提供している。

トビリシにおける診察の様子 トビリシにおける診察の様子

カリスティンは新しい環境に慣れるのに苦労している。82才になるこのグルジア人女性は、トビリシの以前財務省であった建物の廃墟に避難して何日かを過ごしている。彼女は家族のうち4人と再会し、以前は事務室だった部屋で一緒に生活している。

8月7日に激しい戦闘が南オセチア自治州で始まったが、彼女は自分が住んでいたクルタ村に17日まで留まっていた。クルタ村は分離独立を求める自治州の州都ツヒンバリの近郊にある。村人の大半をグルジア人が占めているこの村落に残っていたのは、非常に高齢の女性4人のみであった。日が経つにつれ、彼女たちの親戚や隣人はこの地域を去っていった。

カリスティンの一番年下の娘は8月8日、トビリシに避難場所を求めて車で避難した。息子に嫁いだ義理の娘の一人は徒歩で12日に脱出した。30kmはなれたゴリ市にたどりつくのに2日かかった。しかし、カリスティンにとって歩いていくことは全く不可能であった。彼女はゴリまでバスで行った。「3日間、とうもろこし畑に隠れていました、」とカリスティンは語る。「そしてある日、道端に座っていると、バスが来るのが見えたのです。」そこでようやく離れる決心がついたのであった。

550人近くの人びとが、彼女のようにグルジア政府の財務省であった建物に住んでいる。援助が届くまで何日もかかったが、ベッドが運び入れられた。最初のMSFチームは8月14日に到着した。MSFのナナ・チョシュビリ医師は語る。「どこもほこりだらけでしたが、何人かの人が診察用の部屋を見つけてくれました。」「最初の2日は本当に大変でしたが、今は落ち着いてきています。」民族共同体の意識から、近隣の診療所が医療関係者と医薬品を送ってくれたのである。

最初にMSFが診療した患者たちは「軽い怪我でした」とチョシュビリ医師は語る。「かれらは榴散弾にあたったか、足を怪我したか、もしくは避難している途中で転んだりした人たちでした。」複数のMSFチームがひき続きこの場所と、トビリシ市内の他の避難所で患者を診ている。チームはトビリシで8月14日から22日にかけて、合計497人を治療した。

ニーズは変化してきているとチョシュビリ医師は語る。「今は継続的な治療を必要とする慢性疾患(高血圧や糖尿病、てんかんなど)をもつ患者が多いです。また、不眠症や極度の疲労、頭痛や震えがとまらない人などです・・・」ロシア軍とグルジア軍の間で行われた戦闘はわずか数日であったが、これらの患者は恐怖のために精神的にまいっている。MSFの心理療法士チームが近いうちに現地で活動を始める予定である。

物資面における避難民のニーズに応えるため、チームは石けん、洗剤、歯磨き粉、カップなどが入った582の衛生キットを配布した。乳幼児向けには、枕やベビーパウダーなどの入ったキット113セットを母親に配った。援助にあたる他の数団体は水の問題に取り組もうとしている。この旧財務省の建物の幾つかの階には、水道や利用可能なトイレがないからである。

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