WTOカンクン会議 貿易に苦しめられる患者

2003年09月17日掲載

国境なき医師団会長、ジャン=エルベ・ブラドル医師

(9月12日付ル・モンド紙に掲載された記事の翻訳)

8月30日に開かれた、カンクンでの世界貿易機関(WTO)閣僚会議に先立つ予備協議で、ジェネリック薬輸入に関する合意案が採択されたが、この合意の意義を理解するためには、この協議で取り組まれるべきだった問題を見直す必要がある。貧困国で活動する医師は、日々挫折を味わっている。彼らは、もっとも致死率および罹患率が高い感染症の患者を救うための手段(診断検査、ワクチンおよび治療)を有していない。世界保健機関によれば、毎年感染症により推定1400万人が死亡している。これを惨禍だと考えるのは、ウイルス感染、寄生虫感染および細菌感染により毎年多数の人が死亡するからではなく、そのうちの数百万人は適切な政策が取られれば助かるからである。

しかし現実はそうでない。いったい誰の責任なのだろう。実際、責任を放棄する当事者たちの連鎖に目を向けなければならない。その筆頭に挙げられるのは医師である。あまりに多くの医師が、効果のない処方に甘んじている。医療施設でこの問題を取り上げれば、概して無責任な理想主義者と見られるだろう。患者に適切な治療を提供するために、自分のキャリアを危険にさらす者がいるだろうか。われわれの知る限り(MSF内にも)、そのようなことをあえてする医師は皆無に等しい。たとえ医師がこの最初のハードルを越えたとしても、次には保健省に真っ向からぶつかることになる。保健当局は、治療プロトコルを変える必要性を単純に否定しはしないにしても、歳入の乏しさや新薬の高価格を理由に、この変革に資金を投入するだけの財源がないと言い逃れをする。国際環境が重要な役割を果たすとしても、市民の安全、この場合公衆衛生の問題に対する責任は、本来政府にあるという点を取り違えるべきではない。少し観察すれば、この分野では責任の放棄が慣例になり、行動をおこすことは例外になっていることがわかる。

概ね不利な国際環境(貧困患者のための研究がほぼ放棄されていること、国際金融機関の圧力を受けて国家予算が周知のごとく少ないこと、さらに薬価が高すぎること)にあっても、ブラジルの全国レベルでのエイズ対策、カメルーンおよびマラウィの地方レベルでのエイズ対策などに見られるように、いくつかの国は適切な対応策をとってきた。ボツワナの抗レトロウイルス療法プログラムを全国的に導入する試みは、継続されてはいるものの多くの困難にぶつかっている。南アフリカ、クワズル・ナタール州のマラリアプロジェクトは感動的成功を収めたが、それはまだ例外的なケースに留まっている。これらのわずかな事例から、国の政治的意思が決め手となり得ることがわかる一方、ほとんどの場合それが欠けているという実態が強調される。もっとも感染症に苦しめられている大陸、アフリカの国では、エイズおよびマラリア患者の大部分に手が届き、効果のある治療を実現する政策をこれまで開発できていない。エイズおよびマラリアによる死亡者数は、感染症による全死亡者数の約半数をしめているにもかかわらずである。

このような状況で、国際的保健機関、貿易機関および政府系援助機関の責任とは何だろうか。それは、これまでに成功し、有効性が明らかになった、地方および国レベルでの取り組みの発展を支える環境を作り出すような手段を講じることである。医薬品貿易を考えるとき、2000年までと2001年以降の2つの時期に分ける必要がある。2000年までは、多国籍企業は発展途上国に対して特別な戦略を持たず、富裕国と同じ価格でエイズ治療薬を販売していた。当時、抗レトロウイルス療法は、患者1人に年間1万ドル以上かかるものであった。2001年以降、世論の動きやジェネリック薬との価格競争に押されて、その価格は30分の1にまで下がった。以後、薬価は下がった一方、富裕国に本拠地を置く多国籍製薬会社はアメリカ政府の同意を得て、ジェネリック薬の入手を厳しく制限することに最大限の力を注いでいる。今われわれは、可能な限り高価格で医薬品を販売する戦略から、価格は下げるが薬をできるだけ入手させない戦略への転換を目の当たりにしているのである。

先日のWTO加盟国による合意案承認は成功だと評された。多くの人が、合意がないためにジェネリック薬の入手が妨害されてきたと考えていたからである。「月並みな合意でも、ないよりまし」と言われた。しかし、事実はまったく逆である。インドは2005年まで、合法的にアフリカにジェネリック薬を輸出することができ、アフリカ諸国はすでにそれを輸入してきた。このカンクンでの閣僚会議では、十分な薬剤生産能力がなく、そのため国際市場でジェネリック薬を購入する必要がある発展途上国に特有の問題が解決されなければならない。ところが実際は、閣僚会議で提示されるこの合意案により、輸入手続がさらに厄介になるという別の難題がもたらされる。1995年以来、知的所有権に関する国際協定により、政府は公衆衛生を理由に特許権を回避することができるようになった。そしてその理由は、それぞれの政府が決めることができた。アメリカ合衆国がこのような手段を有することを拒むわけがない。しかし、貧困国が同じことをしようとしたとき、このゲームのルールは突然厳しくなった。治療を必要とする大勢の患者や不十分な国家財源に比して依然として高価、かつ不十分な量ではあるが、とにかく薬剤が存在するにもかかわらず、新たな障害が生み出される。以上が、カンクンでのWTO閣僚会議に先立つ予備協議で、アメリカの圧力によって押しつけられ、産業界により称賛された文書の本当の意味である。

このゲームには、公平性も透明性もない。経済的・外交的報復の脅威をちらつかせて脅迫することが慣例になっている。強大国は、舞台裏で腕をねじ上げるように自国の要求を押しつけるのである。ある欧州委員会委員とフランス通産大臣の最近の発言によれば、交渉における役割について質問されたヨーロッパの代表らは、「『交渉の先導』をしたのは、われわれではなくアメリカだった」と明言したそうである。富裕国の姿勢を特徴付けるのは、敵意と責任の放棄であり、事実に反する幻想は、激しいコミュニケーション作戦によって作り出されているに過ぎない。

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