世界で最も殺人が多い国 この町で生きるため身につける術は

2018年09月07日

MSFはエルサルバドルのソヤパンゴ市で住民に医療を提供しているMSFはエルサルバドルのソヤパンゴ市で住民に医療を提供している

「世界で最も殺人が多い」といわれる中米の国エルサルバドルで、さらに「最も危険な都市」に上げられるソヤパンゴ市。多くの住人が暮らしているラスギルナルダス地区は、エルサルバドル最大のギャング組織、マラ・サルバトルチャ13(通称MS13)の拠点となっている。この地で組織の“若い連中”とむやみに関わるなというのは、誰もが知っている常識だ。

住民は日常的にひどい暴力を目にし、不穏な空気の中で暮らしている。外出には危険が伴うため、なかなか保健医療も受けられない。国境なき医師団(MSF)は定期的な戸別訪問で必要な人に心理ケアを届けている。
 

日常の暴力と恐怖に目をつむる

私の名前はサンティアゴ。MSFのソーシャルワーカー兼心理療法士で32歳。もう1人の同僚とともにラスギルナルダスでアウトリーチ活動(※)をしている。この日の予定は、徒歩での実地調査と患者訪問。午前8時半、私たちは地元の代表者アルバロ氏の自宅テラスでコーヒーに招かれている。MSF以外の医療団も毎週月曜に、人の行き交う中央公園に面したこのテラスでミーティングを行うらしい。
※ 医療援助を必要としている人びとを見つけ出し、診察や治療を行う活動。

アルバロ氏と今後何ヵ月かに渡る活動の計画を話し合っていると、不意に少年6人が現れた。“若い連中”と呼ばれる、組織の少年たちだ。ゆったりしたシャツの下に武器を持ち、いら立ちと動揺の表情で警戒しながら駆け回り、携帯電話とヘッドフォンで「犬ども」のことを話している。この地域の警察のことだ。少年たちはあちこちへ移動し、散らばっていく。足を止める時も通話はやめない。警察との鬼ごっこは“若い連中”にとって日常の一幕だ。アルバロ氏は少年たちをちらりと見ながら、何ごともなかったかのようにコーヒーを飲み続ける。

地元の人は“若い連中”が狭い街路や歩道を走り抜ける姿を目にしていても驚かない。子どもは学校に行き、人びとは市場や店を訪れ、バスで出勤し、できる限り人と付き合う。ただ、近くに“若い連中”がいることは、死の影に追われながら暮らすこと。実は怖くても、これが人びとの日常なのだ。中米で最も暴力的な組織のそばで、その動向を努めて無視し、暴力を当たり前と考えることで自らを守っている。ここまで恐怖と苦痛を感じないようにするのは、心理的な自己防衛といえるのだろうか?

見張り、見張られながら暮らす

私たちは、2人の患者の自宅を訪問するため、地域で最も危険な界隈へ向かった。大通りを進んでいくと、鍵のかかったドアの向こうに住人の不安げな姿が見える。“若い連中”が警察から身を隠すために突然押し入って来ることもある。拒絶すると、死か、さもなければ何よりも大切な資産である家から追い出されてしまう。

数ヵ月前からこの辺りをたびたび訪ねているため、“若い連中”の顔は見分けられるが、向こうはもっと簡単に私たちに気づくらしい。彼らの仕事はもちろん縄張りを見張り、毎年、毎日、毎時間、何が起きて誰が誰なのかを知っておくこと。時折、私たちにも近づいてきて親しげに握手や、通り越しの挨拶を交わしたりする。

今日は少年たちの数がいつもより多い。何人かは知った顔だ。重く張りつめた空気。警察が近くを巡回しているのだろう。不安な気持ちは拭い去れないが、用心して、突飛な動きをしないようにして、前を向き迂回ルートを進む。

正午、私たちは患者の戸別訪問を終え、運転手と合流するため公園に向かう。歩道の少し先に1人の少年の姿。警察の不意打ちを避けるため、辺りを絶えず見張っている。身長は160cmほどだろうか。やせ形、色黒、19歳くらいで、左右の側頭部を反り上げ、両耳から十字架型の銀のイヤリングを垂らし、着衣はゆったりとした黒のシャツにベージュのショートパンツ、黒のスニーカー。彼に呼び止められる予感がする。私たちは目の前を通り過ぎ、挨拶をする。少年は私たちから目を離さないが、言葉は発さない。15メートル進み、背後から不意に彼の声がかかった。

「おい、チェレ(※)、来いよ!」少年はそう言う間も、落ち着いた様子で座ったまま、顔の向きを変えずに辺り一帯を見張っていた。
※ エルサルバドルのスラングで肌の白い人を指すとともに、ギャングのスラングでは友人を意味する。

彼とは初対面だった。私たちは世界70カ国余りで活動するMSFという医療・人道援助団体の職員で、今回は彼の地元が活動地なのだと説明し、MSFの原則も説明する。また、どの政府機関とも、どの警察・軍組織とも無関係であることも念押しする。これは私たち自身の安全のためにとても大切な説明だ。そして、彼も、彼の仲間も家族も、必要になったらいつでもMSFの医療援助を無償で他人に知られずに受けられることを知らせる。

伝えている間、頭からつま先まで値踏みされているのを感じる。少年が、私の胸に目立つようにぶらさがっている大きな身分証を読む。

「もういいよ、チェレ!大丈夫。OK!それを知りたかっただけだ。あんたたちの仕事をすればいい。あんたが言うとおりのことをしている限りは大丈夫。OK!」

私たちは、1日が始まった中央公園に向かって歩を進める。そこで運転手が待っているはずだ。ラスギルナルダスで暮らし、働くのなら、無事でいるために見張り見張られる術を磨かなければならない。

(安全上の理由から本稿の人名、一部地名は仮名です。) 

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