悲しみも喜びも。戦争で傷ついた女性と子どもが見たもの——心理療法士が描いたモスルの記憶

2018年07月24日

国境なき医師団(MSF)の活動に初めて参加した、オーストラリア出身の心理療法士ダイアン・ハンナ。派遣先のイラク北部カイヤラには、過激派勢力「イスラム国(IS)」の支配下にあったモスル市から逃れてきた避難者が身を寄せる。モスルで2016年に始まったISとイラク軍の攻防戦によって町は戦場と化し、多くの市民が犠牲になった。壊滅的な戦闘を生きのびた人びとの心に、今なお残る深い傷跡。帰国したダイアンは、モスルの女性や子どもへの心のケアを通して見聞きしたことをイラストに描いた。

モスルからの逃避行

背後で建物が燃えさかり、そこらじゅうに銃弾が飛びかう。そんななか赤ちゃんを抱え、家から持ち出せた少しの荷物を持って、住み慣れた町から逃げる。想像もできないことです。感情をあらわにしてはならないとされる文化の中で人びとが抱える切迫感や絶望を、「太陽(あるいは月)だけが苦しみを目撃している」という構図で表現しました。

暗闇で一人ぼっち

毎朝カイヤラからジェダー避難民キャンプに向かう途中で、砂漠をうろつく子どもたちを見かけました。ほこりにまみれ、服装や髪は乱れ、あてどなくさまよっているのです。この絵は子どもたちの孤独や無力感を表しています。日が落ちて暗くなった後、このような思いをしているのではないかと……。 

帰っておいで

息子さんが腕の中で息を引き取ったときの様子を語るお母さん。その話を聞けば、たとえ暑さで喉が渇いたり、疲れて体が痛んだりしていたとしても、別次元の謙虚さや同情の念が湧き上がってきます。この作品を仕上げたとき、友人の幼い娘にこう言われました——「ダイアン、クマさんにも涙を描かなきゃ。クマさんも悲しんでる」と。

赤ちゃんが待つ

毎朝カイヤラで活動するMSFの医療チームのところへ来る患者たちは、熱い砂嵐のなかを食べ物も持たず、わずかな水だけを手に5kmも歩き、診療を受けに来ていました。気温が55℃近く(テント内はそれ以上)まで上がると赤ちゃんたちが泣き叫び、胸が痛みました。 

1週間ずっと待ち続ける少女

子ども向けの心理ケアとして、塗り絵やお絵かきを取り入れました。大勢の子どもが暮らす砂漠へ出向き、クレヨンや絵の具、画用紙を配布。早速、小さなアーティストたちは長い道のりを歩き、自ら描いた絵をMSFチームの宿舎まで持ってきてくれました。この活動を始めた初日に100人余りの子どもが来たんです。嬉しいことに、たくさんの絵をもらえました。この絵に描いたアミラちゃんは、容赦なく照りつける日差しの下、門の前でじっと待っていてくれました。私が仕事から戻ってくるまで、絵を見せるためだけに。 

娘はあの世へ旅立った

 胸が張り裂けるような悲しみにも負けず、強くたくましく生きる女性たち。自身に起きた悲劇やトラウマをシェアし合うグループカウンセリングでは、女性同士の強い連帯感を見せてくれました。

人体解剖図

私は、繊細なタッチの図解が載った古い百科辞典や医学書が大好き。この絵では、モスルの子どもたちにとって唯一、比較的安全な場所である母親の胎内を描きたかったんです。 

カラフ医師とユシフ医師

 重度急性栄養失調の子どもへの治療は、栄養を与えるだけではありません。多くの場合、心のケアも必要です。赤ちゃんの健康は母親の精神状態に大きく左右されるためです。戦争による心の傷といったストレス要因や食料不足などによって母親が引きこもりがちになり、次に子どもが周囲への関心を失い元気をなくしていきます。それが母親の心の状態にはねかえって「やっぱり息子は私のことを愛してくれない、気にかけてもいない」と悪循環に陥ります。そして母親の精神はますます悪化し、子どもの健康も損なわれていくのです。

よいチームや親しい友人、家族が愛情をもって接し、サポートすることで改善します。イラク人スタッフのカラフ医師とユシフ医師は全ての患者に共感と思いやりを示し、プロジェクトに欠かせない存在でした。

プランピーナッツ(栄養治療食)の力

栄養治療に使われる高カロリーのペースト「プランピーナッツ」。カイヤラの外来栄養治療プログラムでは、食欲検査にも用いられています。経過観察のため、登録された保護者が通院することになっています。脱落した方もいましたが、ほとんどの親は子どもが健康を取り戻すのを見て喜んでくれました。こうした親御さんたちを通じて「MSFの治療は信用できる」と口コミで伝わりました。 

私とサンドラ医師

重い急性栄養失調には、心理社会面の支援と教育を組み合わせた治療法が最適です。カイヤラのMSFチームは、女性と赤ちゃんの問診と治療を行いました。外来栄養治療センターでは、栄養治療食「プランピーナッツ」を赤ちゃんに6ヵ月間与え、継続的に治療します。心理ケアチームは個別とグループ単位の心理療法や、子ども向けアクティビティ、心理教育、ベビーマッサージなどを行いました。

モスルの夢

多くの女性、そして男性も、涙ながらに「黒く」なる前のモスルを懐かしみます(※ISの黒い旗にちなんで、IS支配下に置かれた期間のことを「黒い」と呼ぶ)。顔を輝かせながら以前の暮らしを語る人びとの様子を表すため、町の記憶を腕で優しく包みこむ女性の姿を描きました。 

アラブの家族

一家全員が揃うことは当たり前ではありません。戦争で父や母、子を亡くした家族はざらだからです。ごくまれに一家で診療に来るときは、父親が門の所で待ち、母親が問診を待つのが普通でした。ある日、めったにない場面を目にしました。ある家族が、みんな揃って病院から出て行ったのです。笑顔で、赤ちゃんを腕に抱いて。

川面に眠る

これは、活動を通して個人的に感じたことを投影した絵です。悲しみは普遍的な感情ですが、他人と比べられるものではありません。わが子を失う悲しみも、この世を去りたい気持ちも、想像するしかできないけれど、私は彼らの痛みを思いながら孤独な川を流れていきます——身元の分からない多数の遺体が引き上げられた、チグリス川の川面を。 

イラク北部カイヤラで、MSFはモスルからの避難者を対象に総合的な栄養治療と心理ケアプロジェクトを行っている。現在は約100人の子どもが通院栄養治療センターのプログラムで治療中だ。5歳未満への栄養治療と併せて、栄養失調に関連した心のケアも行っている。

カイヤラにあるエアストリップ避難民キャンプでは、新しい一次医療診療所を開院した。この診療所では基礎的な医療、非感染性疾患治療、心理ケア、予防接種を受けられる。また、併設された栄養治療センターでは、栄養失調児の治療を行っている。この診療所は週6日間開院し、1日に平均150件の診療を行っている。MSFは7月中旬にこの診療所に産科を開設する予定だ。

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