影に隠れた性暴力 被害にあった800人が診療所を訪れた

2018年09月19日

武装勢力の攻撃を逃れ、徒歩で避難する母子武装勢力の攻撃を逃れ、徒歩で避難する母子

世界では、さまざまな状況の中で性的暴行事件が起きている。女性も男性も、幼い少女少年でも、日常生活のなかで性暴力に遭うことがある。そんな中、特に深刻な状況の場所がある。紛争が続いている中央アフリカ共和国——日本では、アフリカのどこに位置するのかさえよく知られていないこの国で、国境なき医師団(MSF)は2017年12月、性暴力の被害にあった人のための診療所を開設した。 

紛争の影に隠れる性の被害

MSFの診療所で性暴力被害の治療をうけるタチアナさんMSFの診療所で性暴力被害の治療をうけるタチアナさん

「武装した男たちに夫を殺され、私は拉致されました」

消え入りそうな声で、その身に起きたことを話すのはタチアナさん(仮名)。3ヵ月前、中央アフリカの都市バンバリで性暴力の被害に遭った。「男たちのアジトで犯され、何日も捕らわれていました。子どもの1人をそこで亡くし、もう1人は買い物に行くという口実で脱出させ……私も最終的には逃げ出せたんです」

恐ろしい体験をしたのはタチアナさんだけではない。話を聞いているのは、豪雨が叩きつける屋根の下、国境なき医師団(MSF)の性暴力被害者診療所の、関係者以外立ち入りのできない小部屋だ。診療所は首都バンギのコミュニティ病院内にあり、2017年12月の開設以来、800人近くが治療を受けた。訪れる患者の大半は女性で、その4分の1が18歳に満たない。

中央アフリカ国内の全プロジェクトを合計すると、MSFは2018年の上半期だけで1914人の性暴力被害者に対応し、このうちの圧倒的多数がバンギ市内の診療所または病院で受療している。紛争で荒廃し、頼りになる保健医療と実効力のある司法体系がないこの国に、膨大なニーズがあることがわかる。
 

性暴力が戦闘の武器にされる

中央アフリカで「性暴力」の話題が人びとの口に上ることはまれかもしれない。だが、バンギで性暴力対策プロジェクトのコーディネーターを務めるスシ・ビセンテは、潜在的な患者が大勢いるという。「私たちの把握している人数が氷山の一角に過ぎないのは明らかです。性暴力が起きていること、治療と援助が受けられると人びとに知らせなければならないこともわかっています。無償の医療援助があると聞くと、皆、治療を受けたがりますから」

中央アフリカの紛争で、性暴力が武器として広く用いられていることは、よく知られている。2017年のNGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の見解によると、2013年初頭から2017年半ばまでの5年余りの間、武装勢力が強姦と性奴隷化を戦術として行っていた。こうした前例は国民に悪い兆しだ。2018年の前半は各地で新たな暴力が発生し、かつて“武器から解放された都市”とたたえられたバンバリも4月に紛争に巻き込まれ、タチアナさんのような事案が増えている。
 

身近な人間が加害者になる例も

MSFの診療所では性暴力の被害者に心と身体のケアを行うMSFの診療所では性暴力の被害者に心と身体のケアを行う

MSF診療所には助産師、医師、心理療法士がおり、患者は心と身体の健診を受けられる。性暴力は被害が起きた後72時間以内の対応が重要で、この時間内にやってきた患者には、医師が暴露後予防薬を処方し、HIV感染の予防を図る。さらに、MSFの心理療法士が長期にわたって患者への対応を続け、性暴力被害後の生活再建に向けて手助けすることも重要な活動だ。

タチアナさんの生活も少しずつよくなっている。今は兄弟のもとに身を寄せ、一家の家事を手伝っている。ただ、彼女の抱えるような深い心の傷は簡単には忘れられず、つらい記憶はすぐによみがえってくる。タチアナさんは言う。「ここで治療を始めて、カウンセラーにたくさん話して、少し気持ちが前向きにはなっています。それでもやはり楽にはなれません。どうしても、楽にはなれないんです」
 

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