インド:「赤い森」に医療を届ける―レベッカ・カスバート医師の手記(その2)
2012年01月24日掲載
インド中部の森の中で、「ナクサライト」と呼ばれる毛沢東主義反政府勢力が、南北に長く伸びる広大な奥地の支配をめぐり政府軍と戦闘を続けている。この地域の数十の村落に住む人びとは紛争に囚われ、チャッティースガル州の保健省の診療所にはたどりつくことができない。国境なき医師団(MSF)はいかにして彼らのもとに医療を届けているのか――森深くに分け入って活動する移動診療チームの1日を生き生きと描くレベッカ・カスバート医師の手記を、2回にわたって紹介する。
命が危険な急患の搬送

「赤い森」の奥に医療を届ける活動に携わったカスバート医師。
1人の若い男性が診療所に来たときのことを覚えています。大きな布で覆われていた額の傷は、斧(おの)によるもので骨にまで達していましたが、負傷してから5日経っているとのことです。その場で傷を洗浄し、まずビジャプール地区病院に連れていき、それから車で10時間ほど離れたライプル市にある神経外科への移送手配をしました。
この患者の傷は最終的に治癒し、帰宅できましたが、移送は複雑な仕事です。チームリーダーと、その連携相手の現地の医療従事者(カウンターパート)と、医師が、ただちに治療が必要な急患すべてを判断します。ただし、この地域の政治情勢から、住民の多くは町に行くことを不安に思うという事実と、どんな患者でも道中に複数ある検問所で止められて尋問を受ける可能性があることも、考慮しなければなりません。患者は看護者も1人連れて行く必要があり、女性患者に手術や輸血をする場合は家族内の男性から同意を得る必要があります。ビジャプールにあるMSFの母子医療専門病院に送る患者たちには、無事にたどりつける手段を確保します。
現地の食生活は主に米や野菜、レンズ豆で成り立っているため、多くの妊婦は恐ろしいほどの貧血状態でやってきます。これは分娩時の合併症につながるため、ヘモグロビンの値を観察するとともに、鉄分のサプリメントを投与し、場合によっては輸血も行います。MSFはビジャプール地区病院とともに、必要なときに輸血を供給できる血液貯蔵ユニットの設置に取り組んでいます。閉塞性分娩のため緊急産科手術を行うことになったときなどのためです。MSFは現在、必要に応じて帝王切開も行っています。ほかの選択肢は、車で4時間かかる病院に移送することしかないからです。
日が落ちはじめたら、まとめにかかる
チームリーダーと現地カウンターパートは、常に時計を意識しています。日没後に外にいることを避けるため、午後5時前には事務所に戻る必要があるからです。次に同じ地域に来るのは1週間先になるため、残りの患者全員を診察し、必要な検査をすべて行うのに十分な時間を確保できるようにしています。その後、診療所をたたみ、車のある場所まで歩いて戻り、ビジャプールに向かいます。
帰り道では私たちのバックパックはだいぶ軽くなっていますが、それでもみなたくさんの荷物をしょっています。移動診療の会場に着いて以降、だれも何も食べていないので、帰る途中で軽食を摂るため小休止します。スパイスのきいたインドの麺の小さな包みと、すこしの水です。辺りはまだずいぶん暑く、チームは歩いている間はおおむね静かで、セミの歌だけがこの静かな旅路に響きます。
MSFの白い車両2台に着くと、私たちはもう少し食べて冷たい水を飲み、それから車に乗り、仮ごしらえの泥道を走った後、セメントで舗装された道路に入り、その先にあるオフィスに帰ります。
帰ってくると、プログラム責任者が尋ねます。 「いい診療だった? 患者は何人診たの?」
いい診療でした。私たちはそのためにここにいるのです。いい日もつらい日も、朝早くに始まって遅くに終わる日も、熱心で献身的なチームに支えられて、いい仕事をしているという気持ちをもって。
<完>
「赤い森」に医療を届ける―レベッカ・カスバート医師の手記(その1)
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