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ハイチ:子癇の危機を生き延びて

2010年08月16日掲載

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「出産の前日に子癇(意識消失やけいれん発作を伴う妊娠高血圧症)を発症しました。重症でした」。クリスラは、ハイチの首都ポルトープランスで国境なき医師団(MSF)が運営するイザイ・ジャンティ病院で出産したあと、再び入院した。


多くの妊婦がさまざまな理由で難産に

出産を控える妊婦。イザイ・ジャンティ病院にて。
出産を控える妊婦。イザイ・ジャンティ病院にて。

19歳のクリスラ・フロレスタルは、重度の妊娠合併症に陥ったのち、双子の女の子を出産した。「赤ちゃんはとてもかわいいけれど、まだ世話はできないのです。あまりに痛みがひどくて」。隣では別の女性が、ここは合併症を伴った分娩患者の病室ですもの、と言いたげに笑顔を浮かべている。クリスラは彼女に向かってうなずいた。

ハイチでは、さまざまな理由で難産となる妊婦が多い。クリスラは、自分が命を取り留めたことに安堵しつつ、妊娠合併症が前触れもなく起こった様子を語る。
「妊娠期間中、医師からは血圧が上がらないよう安静にと言われていました。けれど出産前日、自宅でつい怒ってしまうようなことが起こり、私は気を失ったのです。翌日目が覚めると、私は病院にいて、隣には双子の赤ちゃんがいました。その後、医師から急性の子癇を発症して、帝王切開になったのだと説明を受けました」

分娩後、クリスラの体調は順調に快復し、一度は自宅に戻ったものの、再び出血が起きた。「すぐに病院に戻りました。腹部にまだ血の塊が残っていることがわかり、きれいにするため再び手術を受けました」。

妊婦として過ごすことが難しいハイチの生活条件

ハイチの現在の生活条件では、妊婦として過ごすことは非常に難しい、とクリスラは語る。大地震によって大勢の命が失なわれたことは、安定を必要とする妊婦にとってとりわけ厳しい出来事であった。また、女性の多くは仕事を持たず家族に頼って暮らしており、経済的な圧迫が多くのストレスにつながっているとも話す。

「私は高校時代の最後の年に妊娠しましたが、家族が学業を続けられるよう助けてくれました。子癇の危機からも生き延びることができました。けれど、未来はバラ色とは言えません。いまはもっと重要な課題があります。2人の子どもを教育しなければなりません」

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