ハイチ:重度のやけど患者-ウォルダーソン少年の例-
2010年05月19日掲載
国境なき医師団(MSF)は、ハイチの首都ポルトープランスでサン・ルイ病院を運営している。そこでウォルソンとその妻は、もう1ヵ月以上も前から、5歳になる息子、ウォルダーソンのベッド脇で看病を続けている。彼らは他の3人の子どもの世話もしながら、交替で病院に通っている。一家の自宅は近くのデルマ33区にあるが、1月12日に島を襲った大地震によって損壊したため、現在は自宅の前に小さなテントを張って暮らしている。
重度のやけどにも対応可能な治療ユニットが少年を救う

やけどの治療をうけるウォルダーソン少年。
しばらく前、ウォルダーソン少年は右脚に第三度のやけど(重度のやけど)を負った。母親がテントの中で料理をしている間、双子の兄弟と遊んでいたときに、熱湯の入った鍋にズボンを引っ掛けてしまったのだ。そのせいで彼は体表面の12%にやけどを負った。彼はそのときのことを思い出し、クレオール語で語る。
「すごく痛かった」
防護服の着用が必要なテント内の無菌ユニットで、ウォルソンは説明する。
「火膨れができて、とても痛がっていました。幸いにも母親がすぐにその場からどかせたのがよかったようです。以前は手術室で麻酔を施し治療を受けていましたが、いまは1日おきに包帯を交換するだけです」
ウォルダーソンの手術を行ったのは、サン・ルイ学校の校庭に設営されたMSFのテント病院で活動する緊急外科治療チームである。4月初旬、MSFが島で唯一となる重度のやけどに対応可能な治療ユニットを開設したとき、ウォルダーソン少年は入院した。
全部で27床あるベッドはすべて使用されている。交通事故による負傷者や地震で破損した電線を修理していて感電した者もいるが、ほとんどは熱湯や油でやけどを負った子どもの患者である。
ポルトープランスをはじめ、また他の地域における、数十万人におよぶ地震の被災者の生活条件は、家庭内の事故が発生する危険に満ちている。狭い空間に大家族が暮らし、地面の上で石炭を燃やして料理をしているからだ。
現在、ウォルダーソン少年はとても活発に動いている。ベッドに座り、立ち上がり、数歩歩いては、また横になる。やけどの治療ユニットの大きな無菌テントをすっかり自分の遊び場としている彼には、もう次の計画がある。
「学校に行って勉強したり、外でサッカーをして遊ぶんだ」
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