インド:特許庁がロシュ社「バルガンシクロビル」の特許付与を棄却
2010年05月14日掲載
インド特許庁は、スイスの製薬会社ロシュ社が既に特許権を所有するサイトメガロウイルス*(CMV)感染症の治療薬「バルガンシクロビル」の改良版に対する新たな特許付与を棄却した。国境なき医師団(MSF)は、インド特許庁のこの決定を歓迎する。
*サイトメガロウイルス:ヘルペスウイルスの一種。出生直後の感染が多く、生涯にわたり潜状し、免疫不全になると病状として現れることが多い。
特許庁の決定が患者の権利へも影響
バルガンシクロビルは、主に臓器移植患者のサイトメガロウイルス感染の予防・治療薬である。CMVはHIV感染者およびエイズ患者などの免疫機能が低下した患者も感染する病気であり、治療せずに放置すると失明や死に至る可能性がある。この薬は市場での収益性が極めて高いため、ロシュ社は特許を取得することで市場での優位性を守ろうと試みた。
MSFの必須医薬品キャンペーン担当者、リーナ・メンガニーは、次のように語る。
「ロシュ社は、1980年代に発明された薬の新たな形態として、特許を取得しようと試みました。今回の特許庁の決定は、企業が不当な特許出願を行うことを禁じたインド特許法の第3条(d)項が機能したものです。また、インド特許庁が特許請求の範囲は特に目新しいものではなく、特許付与には値しないと判断したことも、同様に重要です」
この決定によりインド特許庁は、付与された特許に対して患者団体が異議申し立てを行う権利があることも認めたことになる。これは、曖昧な点があるとしてロシュ社が異議申し立てをしていた件であり、2002年、タイで特許出願の結果に“利害関係者”として患者の権利が認められたことに続くものである。
より安価な治療薬の普及に対する期待と懸念
今回のロシュ社の特許出願に対して異議申し立てを行った患者団体の1つ、インドのHIV陽性者団体「デリーHIV陽性ネットワーク(DNP+)」 のルーン・ガングテ代表は次のように述べる。
「開発途上国に住むHIV感染者およびエイズ患者にとって、ロシュ社が設定する薬価でバルガンシクロビルを入手するのは困難でした。この決定は、薬価引き下げの最も効果的で持続可能な方法であるジェネリック医薬品競争の道を切り開くものです。これにより必要な救済策がもたらされるでしょう」
現在も、バルガンシクロビルは途方もなく高価である。ロシュ社は、高所得国では治療4ヵ月分の薬を最高8500米ドル(約80万円)で販売している。インドでロシュ社が設定した標準的な治療プロトコルにかかる薬価は、約5950米ドル(約56万円)である。2006年の12月に、国境なき医師団(MSF)はロシュ社に値下げを働きかけたが、値下げが行われた後の価格でさえ非常に高額であったため、MSFの一部のエイズ治療プログラムでは、CMV感染患者に対して、この治療法を提供することができなかった。
メンガニーは更に語る。
「これは、治療薬の普及に向けた闘いにおける1つの勝利です。しかし、もっと大きな闘いに備えて、慎重を期さなければなりません。インドは現在、欧州連合(EU)と自由貿易協定の交渉を進めているところです。協議の成り行きにより、インドが知的所有権において新薬データ独占権*などのさらに厳格な条項の導入に合意することになれば、今回のケースのように特許が拒否された場合でも、企業が医薬品の新たな独占市場を作ることを可能にしてしまうのです」
万が一、ロシュ社が上訴することを決めた場合には、MSFはこの件を注視していく。
*新薬データ独占権:規制当局に販売許可を得るために提出する、新薬の安全性と有効性を証明する試験データの不正な商業的使用からの保護および開示からの保護義務を規定する権利。これにより、規制当局がジェネリック薬の使用を許可することを一定期間妨げることができ、最初に薬を開発した製薬会社にとっては事実上の市場独占権となる。
【ロシュ社がインド特許庁に対して「バルガンシクロビル」の特許申請を行った経緯】
2007年6月、ロシュ社はインドでバルガンシクロビルの特許を付与されたが、インドのチェンナイ特許庁 (インド特許庁を構成する4つの特許庁の1つ)は、インドHIV陽性者ネットワーク(INP+)やタミル・ナドゥHIV/エイズ感染者ネットワーク(TNNP+)などの特許付与に反対していた市民社会団体の意見聴取を行わずに、この決定を下した。
2008年12月、チェンナイのマドラス高等裁判所は、これらの団体からの意見聴取がなされるまでは、ロシュ社の特許付与が無効であるとの決定を下した。チェンナイ特許庁はこの意見聴取において、反対派のすべての意見を聴取することを拒否し、特許付与前の異議申し立てを退けた。そのため、これら反対派の団体は、インド最高裁判所に上訴したのである。
インド最高裁は、ジェネリック医薬品メーカーやデリーHIV陽性ネットワーク(DNP+)が行った異議申し立てにより、これらの反対派の団体に対して、既に進められていた付与後の異議申し立て手続きに参加するよう指示した。これに対して、ロシュ社はインド特許法には曖昧な点があると主張し、DNP+が特許付与後の異議申し立てを行う法的権利を所有するかどうかについて、疑義を申し立てていた。
インド特許庁は、すべての公益団体とジェネリック医薬品メーカーの訴えを聞いた上で、ロシュ社が行ったバルガンシクロビルの製品特許の請求は無効であるとの判断を下し、製法特許の請求1件の有効性のみを認めた。また、特許の付与後に患者団体が異議申し立てをすることは可能であるとの見解も示した。
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