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パレスチナ:ナブルスからの証言3 ―ある家族の話「そっとしておいてほしい、願いはそれだけです」

2010年05月11日掲載

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パレスチナ

これは、いったんヨルダンへの避難を余儀なくされ、1995年にナブルスに戻った一家の話である。当時、多くのパレスチナ人は、ヨルダン川西岸地区での問題は解決したものと思って自宅へと向かった。一家を定期的に訪問して診療する国境なき医師団(MSF)の医師が、彼らの話を聞いた。


真夜中の侵入

帰ってきた一家の自宅近くには、イスラエル人の入植地ができていた。新しいものではなく、1990年代に建設されたものである。

「入植地は当時は今よりも小規模でした。その後、彼らは私たちの土地、親の代からの土地を奪い、入植地を拡大していったのです。インティファーダ以降、共存はより難しくなり、緊張状態が高まりました。以前は畑仕事をすることができましたが、今では入植者たちがイノシシを飼って私たちの畑に放すため、農作物が荒らされてしまいます。彼らは幾度となくやってきて、カウボーイのように馬に乗って私たちを攻撃してきます。彼らは私たちの家の中に入ってきます。屋根から入ってくることもあります。真夜中であろうがお構いなしです。例えばある晩、道に車が停まった音が聞こえました。誰かが訪ねてきたのかと思って見に行くと、真っ暗闇の中、ピストルに弾丸を込めるカチッという音が聞こえました。私たちは慌てて家の中に避難しました。彼らは2階に上がり、手当たりしだいにすべてを破壊しました。当局でさえ入植者たちには何もできないと言っているので、私たちは誰の力も借りずに彼らに対処しなければなりません。私たちは常におびえながら暮らしています」

母の心身に及ぶ影響

家族を診察するMSFのタリーフ医師。
家族を診察するMSFのタリーフ医師。

MSFのタリーフ医師は、この家族を定期的に訪問している。薬を与え、診察することはもちろん、注意深く、思いやりをもって彼らの話に耳を傾けている。まず母親の診察から始める。背中の痛みを訴えており、夜は3、4時間しか眠れず、午前1時頃になると目が覚めてしまうという。夕方になると疲れてきてしまい、すぐに寝入るのだが、毎晩、はっと目を覚まし、すべてのドアと窓がしっかりと閉まっていることを確認しに行く。彼女は疲れ果てている。「限界です。もう耐えられません」。しかし、診察では何も問題がない。睡眠をとる必要があるが、彼女は治療を拒否する。「もし私が深く眠ってしまったら、誰が子どもたちに気を配り、守ってやれますか?」。

以前、タリーフ医師が少し強く勧めて、弱い薬を試してみたこともあったが、アレルギー反応が起きてしまった。タリーフ医師は語る。「副作用ではありえません。心因性の反応です」。背中の痛みや不眠も、原因は同じである。子どもたちは現在休暇中だが、家から出ようとしない。「ここにいれば安全ですから」と母親は語る。そして彼女はもう一度、弱い薬を試してみることにした。

「たしかに、私はとても緊張しています。最近、心配事があまりにたくさんありましたから。この前の晩、外で話し声が聞こえ、私はベッドから飛び出して転びました。足がうまく動かなかったのです。実際、私はまだ眠りから覚めておらず、自分の足をコントロールすることができなかったのです。わずかな物音にも、入植者たちではないかと怯えます。彼らが道を渡っているのを遠くから見ただけで恐怖に襲われ、ここにやってくるのではないかと怖くなります」

この患者は最近になってMSFのチームによる心理ケアを受け、症状が改善した。「MSFの車がやってくると嬉しくなります。この道をやってくるのはMSFか、軍隊か、入植者しかいません。MSFは私たちの話に耳を傾け、治療し、助けてくれます。私たちに関心を寄せ、気を配ってくれます」

不眠や食欲不振に悩む子どもたち

タリーフ医師は13歳の息子に薬を持ってきたが、本人は姿を見せない。入植者に頭にピストルを突き付けられて死の恐怖を感じて以来、彼は夜尿症に悩まされている。20歳になる姉にはパニックの発作が見られ、体重が大きく減った。 「疲れた感じがします。空腹も感じますが、食べ物を見ると食欲がなくなります。ぐっすりと眠れたことがありません。気が休まる時がないのです。夜も、恐ろしい夢を見ます。希望のない、暗い人生です」。
タリーフ医師は血液検査を行ったが、全く異常はなかった。もう1人の18歳の娘は、少し不安気である。彼女は高校の最終試験の結果を待っている。
「日によって、調子の良い時も悪い時もありますが、治療を受け始めてからはより前向きになりました。それで試験も受けられたのです」

数ヵ月前、この一家はヨルダンでの結婚式に招待された。彼らはたとえ短い間とはいえ、この遠出を喜んでいた。しかし、国境で止められ、パスポートを破られ、家に送り返された。

「その日を指折り数えて心待ちにしていました。パーティーで気分を変え、元気になって戻って来られると思っていたのです。できることなら、この村を離れたいです。家の周りに防護壁があればより安心でしょうが、それを建てるお金がありません。私たちをそっとしておいてほしい、願いはそれだけです」

ニュース ― ヨルダン川西岸地区 ナブルスにおける新たな暴力の形

ナブルスからの証言1 ― 精神科医の報告―「臨床心理ケアを提供しているのはMSFだけです」

ナブルスからの証言2 ― パレスチナ人ソーシャルワーカーの報告―「パンしか食べられないこともよくあります」

ナブルスからの証言4 ― ある家族の話「私たちは逃げられない。耐えるしかないのです」

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