ハイチ:生活再建の入り口に立つ被災者
2010年02月22日掲載
「学校から帰って宿題をしてから、ちょうど5時前にテレビの前に座って、連続テレビドラマを観ようとしていたとき、家の壁が崩れ落ちてきて、母と3人の姉妹の命を奪ったんです」
そう、涙ながらに振り返るジャン=ローズマリーは、まだ14歳だ。この日は彼女にとって、ハイチ南部の町ジャクメルで過ごした最後の“普通”の日であり、倒壊した家の下敷きになって過ごした2日間の最初の日となった。
強い意志と快復力、そして患者同士の支え合い

14歳のジャン=ローズマリーは、数日おきに傷を深部まで洗
浄しなければならない。麻酔をしていても相当な痛みを伴う
が、彼女はそれを乗り越えようと手術室で歌を歌う。
ジャン=ローズマリーは脚にがれきによる挫傷を負った。救出されてからはジャクメル病院で外科医と一般医師からなる国境なき医師団(MSF)チームの治療を受けている。
この病院では、集中治療病棟も他の施設と同様に地震の被害を受け、中庭に設置された大型テントの1つに機能が移されている。2列に並べられたベッドは幅広い齢層の被災者でいっぱいで、腕や脚の切断手術を受けた人や骨折から快復しつつある人、また一方で、ジャン=ローズマリーのように、四肢のいずれかを失わないよう必死に闘っている患者もいる。
彼女は数日おきに担架で手術室に運ばれ、深部までの傷の洗浄と包帯交換を受けている。この定期的な治療は感染症との闘いで、脚を救うというさらに大きな闘いの一部でもある。外科医は筋肉の内部まで傷を深く洗浄しなければならないので、治療には痛みが伴う。麻酔をかけられてはいるが、彼女はいつも手術室で歌を歌う。これは苦痛を紛らわすための彼女なりの方法だ。
MSFの看護師、ニコル・デニスはこう語る。
「ジャン=ローズマリーの強さと快復力には驚かされています。実際、この病棟の患者の大半がこうした強い意志を持っています。とても大変な目にあったのに、その態度は立派です。右腕を切断した30歳の男性患者を担当しましたが、目覚めたときには全く途方に暮れていました。でも翌朝には私に『僕は大丈夫です』と言ったのです」
患者は互いに力を与え合っているように見える。同じ病棟にいる一番年下の患者の見て、前向きな気力を得る患者もいる。クラウディアは地震で両親を亡くした2歳半の女の子で、その右脚は膝下から切断された。また歩けるようになると頑と言い張る彼女は、絶えず歩こうとしている。ベッドに座っているときは、まるで一時的な不便さを隠そうとするかのように、切断された脚を毛布で覆っている。
だが、被災者の快復力にも限界があり、生活を永久的に変えてしまった地震について語るときには涙を流す。重度の負傷、愛する人たちとの死別、そしてあらゆる物の喪失を受け入れることは途方もない試練である。さらに、今後の見通しの立たない状況が拍車をかけている。
心理ケアの専門家は、外傷を負った入院患者を対象に活動を開始するところである。発生した災害の衝撃、家族との死別、また場合によっては新たな身体障害に対処しようとする人びとを援助するうえで、この活動は不可欠である。
退院しても、帰る家はない

56歳のオデットは、被災によって片腕を肩から切断した。
切断による心身両面の痛みに加えて、退院後の生活の見通
しも厳しい。
少し奥のベッドにいる56歳のオデットは、片腕を肩から切断されている。MSFの外科医が断端を覆うために大腿部から皮膚を移植した。切断による心身両面の痛みに加えて、退院後の生活の見通しも厳しい。元気になって退院したら、片腕だけで新たな場所での生活に慣れていかなければならない。その場所は、テントか、路上か、一体どこになるのだろうか。
退院は通常喜ばしいが、現在のハイチでは、深い心的外傷を抱えて、頼る人も行くあてもない状態に戻ることになる。路上やキャンプで暮らし、適切な避難所は言うまでもなく、水、石けん、食糧といった最も基本的な物資すら入手に苦労するということだ。退院しても、帰る家はない。
MSFは、地震ですべてを失った家族に対して救援物資を配布しようと懸命に活動している。ジャクメルだけでも、MSFは約1800世帯に衛生用品キットと調理キットを配布した。雨季が近づいており、時間との闘いが始まった。4月までに被災者に避難所を提供するためには、さらに活動の規模を拡大することが必要である。
オデットに腕は帰ってこない。ジャン=ローズマリーに死んだ母親と姉妹は戻ってこない。しかし、被災者の生活を再建することはできる。
ハイチの人びとにとって、心身の傷の快復に時間はかかるだろう。しかし、ニコルは言う。
「少しずつ、いい方向に進むでしょう」
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