ハイチ:緊急フェーズはまだ終わっていない
2010年02月19日掲載
被災から1ヵ月が経過したハイチの現状を分析するため、国境なき医師団(MSF)フランス支部会長のマリー=ピエール・アリー医師が現地を訪れた。現時点での懸案事項は、地震直後に各国から駆け付けた国際医療チームの帰国に伴って医療の空白が生じていること、避難設備の不足、援助物資配給の遅れなどである。
Q. 地震から1ヶ月が過ぎたハイチは、どのような状況でしたか?

地震による被災で右腕を失った1歳半の赤ちゃん。
A. じかに目にしてきた今回の地震の破壊力は、類を見ないものでした。自然災害を経験したことのある者にさえ強烈な印象を与え、何度見てもその印象は深まるばかりです。ある地区では、人びとはまだ破壊し尽くされた家屋のがれきの中で生活しています。
別の地区では、建物が非常に不安定で危険な状態のまま残っています。国連によれば、約50万人が首都ポルトープランス市内に300ヵ所以上ある避難所に身を寄せていますが、それも問題の一部でしかありません。人口250万人の首都でほぼだれ一人、いまだに家の中で眠ることができない状態なのです。
住民の20%はポルトープランスを離れました。残ったほぼ全員は、被災の有無にかかわらず公共の施設や自宅前の屋外で寝起きしています。一方で、公共面では日常生活の再開も見られます。市場が開くようになり、ビジネスも再開され、がれきの片付けが進められています。
とはいえ、日常生活の再開とは対照的に、地震から1ヵ月が過ぎても援助体制の調整は遅れています。食糧や避難用テントは現在も不足しており、手に入れるのは困難です。ある地域では人道援助団体が目に見える活動を行い、別の地域ではだれも活動していないという状況ですが、そこに被災の深刻度との明らかな関連性は見られません。全体として基礎的なニーズはまだ満たされておらず、それが必然的に緊張を生んでおり、先々の治安悪化を招く可能性もあります。加えて、家族を失い、自宅を破壊され、現在も厳しい状況に直面している多くの人びとが、心理ケアを必要としています。また、海外での大規模な寄付呼びかけや、それに応じて送られた緊急援助と、被災現場の状況の間には、大きなギャップがあります。これらの援助を人びとのもとまで届けるには困難が伴い、人びとは忘れられたと感じています。
Q. 現在の優先事項は何ですか?

地震前から実施されていたMSFの妊産婦ケア。
A. まだ緊急段階が終わったわけではありません。
現在、2つの非常に重要なポイントがあります。
1つめは、避難場所をより迅速に提供することです。数十万世帯が雨ざらしの、混み合ってトイレ設備も十分にない環境で暮らしていれば、健康上大きなリスクが生じます。今のところ、流行性疾患の拡大はありませんが、こうした生活環境によって下痢や皮膚感染が広がる可能性もあります。数週間後には雨季が始まり、呼吸器疾患が増加することでしょう。既にMSFの患者のなかでも、こうした病気の増加が見られます。
国連人道問題調整事務所(OCHA)によれば、30万人弱が仮設住居を手に入れたとのことですが、ビニールシート1枚にすぎない場合もあります。これまでに配られたテントは約2万張にすぎません。その5倍が必要とされているのです。MSFは、病院を退院した患者を最優先に、またサン・ルイ近くのキャンプの1800世帯を対象として、テントの配布を開始しています。
住居の不足は、医療施設の混雑も招いています。退院できるほどに回復し、外来で通院治療を続ければよい患者も、療養できる家がないために入院を続けなければなりません。長期的な解決策を見つけ、再建を進めていくことは重要ですが、まずは、おそらくテント型の仮設住居、そして毛布などの必須の物資が今すぐに必要です。シャワーやトイレ設備の建設も早急に行われなければなりません。しかし、実行はたやすくはありません。土地が不足する一方、多くの人が仕事のあるポルトープランスに残りたいと考えているからです。当面は、移動可能な仮設住居として使えるテントが役立つでしょう。長期的な住居計画を優先して、被災者が雨季をしのぐために必要な仮設住居をないがしろにすべきではありません。
Q. もうひとつの重要課題とは?

ジャクメル病院で治療を受ける子ども。
A. 各国政府が派遣した緊急医療チームの一部が帰国を始めていますが、患者の治療は完了していません。負傷して手術を受けた患者の多くは、補正手術と一連の術後ケアを必要としています。こうしたケアには数週間の入院が必要です。MSFは術後ケア病棟の収容能力を大幅に拡大して、こうした患者を受け入れ、医療・看護・理学療法・心理ケアの包括的なサービスを提供しようとしています。これらの分野のニーズは非常に大きいのですが、全体的にはそれに対応できるリソースが減少しています。ハイチの公立病院は通常の医療業務を再開するためにベッドを空けなければなりません。海外医療チームの帰国は時期尚早です。まだ日常に戻ったというには早すぎるのです。多数の負傷者が生じ、長期にわたる治療を必要とする今回のような災害には、数週間だけ滞在して早い段階で引き上げてしまう政府派遣の医療チームは適していないのです。この問題は、これまでにも、この種の災害で度々見られています。MSFは2005年のパキスタン大地震の際にも、スマトラ島沖地震・津波の際にも問題を指摘しています。
Q. 震災後すぐ、複数の国が緊急援助活動の調整役を名乗り出ました。それによる悪影響はありましたか?
A. ハイチ救援のためにいくつかの国が行った大規模な動員は、確実によいインパクトをもたらしました。空港や港のような必須のインフラの機能を回復させるため、膨大なリソースが投入されました。しかし、ここで問われるのもまた優先順位の問題です。まずは司令部を立ち上げて自国兵士が快適に働けるよう整えるべきなのでしょうか。被災国政府に、彼ら自身が役割を果たすために必要なリソースを提供するほうが先だったのではないでしょうか。ポルトープランスでハイチ保健相と面会した際、保健省職員が活用することのできる手段があまりに限られていることにショックを受けました。また、医療分野での調整の失敗は、罹災直後の2週間、大きな問題を生みました。MSFがニーズ調査を行って援助を開始した地域に、他の医療チームや軍やNGOがやってきて新たに活動を始めようとしていました。
大規模な自然災害の場面では常に、政治的戦略や競争が露わになるものです。また、援助をもたらせるかどうかで被災国政府が世論に測られる、国内政治における賭けの場面でもあります。援助活動の効果がこうした駆け引きの影響で薄まってしまわないよう、注意が必要です。再建に関して言えば、計画を立てるのはハイチ政府とその社会です。自然災害により弱体化した国家に代わって何かを決定することは、他のどの国家にも認められることではありません。
Q. 現状からすると、援助活動は失敗なのでしょうか?

MSFの車両と、空気で膨らませるエアーテント病院。
A. 災害後、緊急援助が現地に到達するまでに数日間かかり、被災者のニーズに完全に対応できるだけの援助が展開されるまでに、さらに数週間かかるのは普通のことです。ハイチの場合、必要とされる援助の規模が例外的に大きいため、物資到着から展開までに、当然ながらより時間がかかります。そのため不十分だと受け取られているのです。一国の首都が大規模に破壊されるという、これまで経験したことのない状況です。政府自身が、そしてハイチ駐在の国連職員もが直に物理的被害を受け、効果的な対応策を立てるまでにより多くの時間がかかりました。
遅れのもう一つの原因は、基幹インフラの破壊です。医療システムはごく一部を除いて機能が停止しました。道路や主要な空港も破壊され、代替設備もありません。他の国と同様、主要な機能は首都に集中しているからです。ほかにも援助の到着を大幅に遅らせる障害が存在しました。ロジステック面の問題に加え、治安の問題です。援助関係者のだれもが物資を運ぶ手段を探しています。ハイチの場合だけではありません。緊急援助物資の配給は、特に今回のように都市で行う場合、非常に複雑な作業です。だからといって、どのようにやってもよい訳はありません。私の意見では、今回の震災直後にも行われた、人口密集地にヘリコプターで援助食糧を投下する方法は、非常に非効率的で危険なやりかたです。大量の物資を配っていると宣伝するにはよい方法かもしれませんが、事故や暴動を誘発しかねず、子どもや病人など弱者のもとにはほとんど届かないのです。
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