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ハイチ:新しい段階を迎えた援助活動−MSF広報担当者の報告4−(1月23日現在)

2010年01月26日掲載

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ハイチの首都ポルトープランスで活動する国境なき医師団(MSF)の広報担当、イザベル・ジョンソンからの現地情報・第4弾をお伝えする。


落ち着きを取り戻すとともに、新たな課題も
現地の状況は徐々に変化しつつあります。実際、毎日オフィスや病院に入るたびに、何かしら小さな変化に気がついたり、やっと届いた物資が倉庫に積み上がっていたり、狂乱状態にいくらかの秩序が生まれていたりします。MSFの活動も、進化を遂げています。

心理ケアの専門スタッフに話を聞いたとき、この初期段階のカウンセリングで行うことといえば、内容はほぼ情報提供だ、という説明がありました。たとえば、被災者がどこに行けば医療を受けられるかわかるようにすること、地震とは何かを説明すること、などです。

落ち着いて、心の準備ができたときに初めて、人は経験したことを語りはじめます。多くの人はまだ自分に起きたことの衝撃を、完全には消化しきれていません。家を、家族を、持ちものを、仕事を、それまでの人生を証明するものをすべて失ったということが、何を意味するのか、それを理解するのは数日後かもしれないし、数週間かかることもあるのです。

医学的な観点からも、私たちは新たな段階に入りつつあるといえます。地震で負傷しながらまだ治療を受けていない人が深刻な敗血症を起こす段階にきていたり、治療を受けた人たちにとっては、包帯を新しいものに取り替えるフォローアップの時期です。

切断という決断の背後にあるもの
現場のスタッフはいまも、できるだけ多くの治療を行おうと奮闘し、多くの傷ついた体を前に、残せる部分を救おうと努力を尽くしています。腕や脚を切断するという決断は、決してたやすいものではありません。MSFの医師たちは、できることなら切断を避ける方を選び、そのための治療を優先して行います。

しかし、壊疽(えそ)を起こした組織から感染は全身に広がるため、患者さんの生命を危険にさらします。体の切断は患者さんにとってもつらいことですが、決める立場にもつらいことであり、それは常に、命を救うための究極の手段なのです。医師にきのう聞いた話ですが、ある少年の患者は、片脚を切断せざるをえませんでした。にもかかわらず、後日、彼はわざわざ医師を探し出して、命を救ってくれてありがとう、と言ってくれたそうです。

テント病院の設置が進む現場。
テント病院の設置が進む現場。

テント病院に寄せる期待
幸いなことに、おもに震源に近かったハイチの南西部の地域で、活動を開始する他の団体がだんだん増えています。たしかに、そのために援助の供給に多少の混乱が生じているかもしれません。たとえば、人口の少ない地域に2つも3つも病院が立ち上がる、といったことが起きています。

究極的には、人びとが必要とする医療がすぐに受けられるのであれば、それに越したことはありません。

私は今日、感嘆すべき場所を訪問しました。ポルトープランスの下町にある学校の裏手のサッカー場で、設置が進むMSFのテント病院です。建物の中で働くことに恐怖を感じるスタッフがいる現状では、テント病院は理想的な造りです。薬局が1つと、手術室が2つ、入院部門と外来部門、その他にもさまざまな機能を備えています。とても新しいので、ちょうど新品のヨットやゴムボートのような匂いがします。この100床の病院で、より多くの患者さんたちを、より早く、壁や屋根が患者さんの上に落ちてくるかもしれないという不安を感じることなく治療することができるのです。ハイチ人の現地スタッフも仕事に戻って来ました。MSFのトリニテ病院の建物が頭上に崩れてきた恐ろしい経験のあとですから、彼らもこんな病院なら、より安心感をもって働くことができるでしょう。

奇跡の赤ちゃん、ガブリエレ。
奇跡の赤ちゃん、ガブリエレ。

奇跡の赤ちゃんのその後
今日、数日前に病院で出会った、片腕を切断したあの奇跡の赤ちゃんに再会することができました。ある医師が自分の娘の名前をとって、赤ちゃんにガブリエレと名付けました。彼女の本当の名前を私たちは知らないからです。その後、彼女の両親は地震で亡くなったことがわかり、他の家族も彼女を捜しには来ていません。

彼女は地震で片腕を失っただけでなく、頭部にひどい外傷を負っていたため、頭蓋手術を受けなくてはなりませんでした。夕方になって、医師からガブリエラの熱が上がっていたと聞き、私はひどく動揺してしまいました。こんな重傷を負った小さな赤ちゃんにとって、それはよくない兆候です。どうか生きつづけてほしい。彼女はこれまでも、がんばって切り抜けてきたのだから。1、2ヵ月たって、いちばん危険な段階を過ぎたら、スタッフは彼女の世話をしてくれる団体を探す予定です。

人びとをさいなむ恐怖、不安
余震はまだ続いています。火曜の朝に大きな揺れに脅かされたあとも、小さい揺れが3回ありました。勘違いを防ぐために、私は半分カラになった水のペットボトルを机のすぐ横に置いています。もしボトルの中の水が揺れていたら、それが私の幻想ではなく、本当の揺れだとわかるからです。

今晩、町の中心部で大きな火事がありました。略奪や放火を行っている人たちがいるとの噂があります。人びとは仕事を求め、飢えています。WFP(国連世界食糧計画)が私たちの病院の近くで食糧を配布するのを見ました。何百人もの人びとがお互いに押し合い、トラックが走り去ろうとすると後を追いかけていました。

通りにはシーツに字を書いた急ごしらえの幕が張られ、「SOS」や、「食べ物と水が必要です」といったメッセージが掲げられています。だれもがいまも屋外で睡眠をとり、路上や公園に都合のよい場所があれば、どこでも体を洗っています。地震は人びとに深い心的外傷をもたらしました。みんな必ずしもそのことを語ろうとはしませんが、彼らの振る舞いが、言葉より多くを語っています。

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