ハイチ:カルフール病院で治療を受ける患者-MSF広報担当者の報告3-(1月21日現在)
2010年01月22日掲載
ハイチの首都、ポルトープランスで活動を続ける国境なき医師団(MSF)広報のイサベル・ジョンソンが、20日に続き、カルフール地域にあるカルフール病院の状況を伝える。
20日の大きな余震を身をもって体験
今朝、人生最大の恐怖を感じました。ここ1週間は一晩あたり5時間ぶっ通しで働いて、もう“底をうった”状態でしたから、10分ほど長く眠れるように願っていました。
けれど、そうはいきませんでした。私は寝室の床に敷いていた寝袋が前後に揺れるのがわかりました。一瞬、疲労からめまいを起こしたのかと思いました。でも、揺れが強くなったので、すぐそうではないとわかりました。
私は飛び上がり、パジャマのまま朝の薄暗い中をドアに向かって、はいあがりました。階下にかけ下り、鍵のかかった玄関のドアに突進しました。私は鍵を持っていなかったのですが、その場にきたスタッフが鍵を開けてくれて、私たちは2人とも出ることができました。
私はほとんど泣きだしそうでした。同僚も同じです。彼は先週12日にあった大地震を生き延びましたが、他の2人のスタッフを外に出すために、勇敢にも家の中に駆け戻ったのです。私は心臓がバクバクしていました。
「弱い立場に置かれている人、全く通常の範囲を超えた力にさらされるということ」の意味がやっとわかりました。
これが、この日の始まりでした。
過酷な状況下で懸命の努力、新しい命の誕生
20日の午後、私はカルフールにある病院で数時間を過ごしました。病院の入り口では、グレーの厚いビニールシートをくぐり抜けて入ります。このシートは2本の木にくくりつけられ、町の真ん中にある道路を横断する形で張ってあります。これがトリアージを行う場所、包帯交換の場所であり、また入院病棟でもあります。
こんなに多くのケガをした子どもや大人を見ると、胸が痛みます。何人かは看護師に包帯を換えてもらうとき、その痛みに泣き叫んでいます。彼らは重度のやけど、感染を起こした傷、腕の骨折、頭蓋に達する深い裂傷、四肢の壊死などを負っています。
病院の前庭へは、小さなくぐり戸を抜けて入ります。これが、手術病棟で、2枚の防水シートと1本の木の下にベッドが並んでいます。片側では、分娩や帝王切開を待つ女性たちがいます。反対側では、切断手術といった重傷患者のために3床のベッドがあります。
スタッフが病院の建物の中で働くには、あまりにも地震におびえているので、私たちのチームは大部分の手術を戸外で行っています。このような条件にもかかわらず、私がその場にいた5時間の間で、この外科チームは少なくとも3例の切断手術を行いました。うち2例は小さな子どもです。またもう1人は若い女性で、外科チームは大腿部の壊死した組織を切除し、帝王切開を行いました。
私たちのチームは疲弊しています。長い、長い時間を、暑い、混雑した、騒音の多い、大変な努力が必要な、ストレスの多い状況で働いているのです。幸い、私たちは今回の地震による被害を免れた新しい広い学校に新たな診療所の場所を見つけることができました。MSFの病院からちょっと通りを下ったところです。私たちは近日中にここへ引越しすることができるように願っています。
この心身両面の苦しみの中で、一筋の光だったのは、健康な赤ちゃんが生まれたことでした。8人の健康なおちびさんたちが、防水シートの下に作った私たちの病院で生まれたのです。彼らが新たなアイデアとエネルギーと希望を、この災害に引き裂かれた国にもたらしてくれることを願っています。
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