ハイチ:トリニテ病院で治療を受ける患者-MSF広報担当者の報告2-(1月20日現在)
2010年01月21日掲載
ハイチの首都、ポルトープランスで活動を続ける国境なき医師団(MSF)広報のイサベル・ジョンソンが、17日に続き、市内のMSFトリニテ外科治療センター(トリニテ病院)の状況を伝える。
奇跡的に生き延びた赤ちゃん

トリニテ病院を訪問した、MSF広報スタッフのイサベル・
ジョンソン。
19日、私はトリニテ病院を訪問しました。右腕を失い、ベッドに横向きに寝かされている生後1ヵ月半ほどの赤ちゃんがいました。腕は全体がほとんど見えないくらい包帯で巻かれていました。准看護師が悲しくもあり奇跡的でもある話をしてくれました。
地震で病院の一部が被害を受けたとき、この赤ちゃんは院内にいました。どのようにしてか、コンクリートの床と壁を突き抜けて落ちた後も、生き延びました。母親がどこにいるのか、私たちにはわかりませんでしたが。もう生きている家族はいないのかもしれません。
ただ、一人でも多くの人の命を救うために
今は間に合わせの市場で食料を売る人びとが出てきており、道の行き来も少し盛んになってきています。空を飛んでいるヘリコプターの音がずっと聞こえてきます。現地にはますます多くの援助団体や機関が到着し、トラックやクレーンが市内の建物の間で絶え間なく動いています。行方不明者を探し出すため、あれほど多くのがれきを掘り進むのに、いったいどれくらい時間がかかるのか、だれにもわかりません。

トリニテ病院での被災者の治療の様子(1月15日撮影)。
銃創を負った患者がたんかで運ばれてきました。医師2名がただちに処置に取り掛かりました。まず、意識があるか確かめ、それから腕と脚の感覚があるかみました。銃弾で頸部に穴が開いていたのですが、彼らの判断は「手術可能」でした。それはつまり、私たちの手術室の限られた条件下(つまりこの場合、物資輸送用コンテナ内)でも、医療チームは彼の命を救えるということでした。どこで、だれに撃たれたのかはわかりません。
私たちが現在治療していた人たちは、以前とは違った人となって病院を出るでしょう。四肢の損傷がひどかったため切断するほかなく、手術を受ける人も多くいるからです。ある派遣者は今回が4回めの派遣でしたが、MSFがこのようなタイプの緊急事態に、必要な人員配置、物資輸送などの手配、施設や資材の設置をここまで迅速に行える力を持っていたとは驚いたと語りました。
最もすごいこと。それは、ハイチ人スタッフを含めたここにいるすべての人が、一人でも多くの人の命を救うことだけに身を捧げ続けているのです。
関連情報
- 2012年1月12日
- ハイチ:大地震から2年――医療施設の受け入れ拡充の取り組み続く
- 2011年10月25日
- ハイチ:「コレラのワクチンは流行を食い止める手立てとなるか?」
- 2011年10月21日
- ハイチ:北県でのコレラ対応を保健省に引き継ぐ
- 2011年10月21日
- ハイチ:大地震の後コレラの猛威に晒されて1年、MSFの援助活動
- 2011年10月20日
- ハイチ:コレラ発生から1年。対策が不十分で人びとの命が現在も脅威に















