アフガニスタン:空きベッドが目立つ州都の病院 ─MSFベルギー支部事務局長によるヘルマンド州活動地訪問記─
2009年12月18日掲載

2009年6月、国境なき医師団(MSF)は、アフガニスタンでの活動を5年ぶりに再開した。以下の文は、同国での活動経験が豊富なMSFベルギーの事務局長クリストファー・ストークスが現地を訪問し、MSFのプログラムの状況について振り返ったものである。
本稿でストークスは、「医療の無償提供」「政府からの資金を受け入れないこと」「あらゆる武器の病院への持ち込み禁止」という3つの基本原則に基づいてアフガニスタンで活動を行うことが、MSFにとって、なぜ不可欠かを説明している。
医療を受けられない患者、放置された最新機器

MSFベルギー支部の事務局長、
クリストファー・ストークス。
アフガニスタンは、世界で健康指標が最悪の国の一つである。ヘルマンド州などでは、ヘリコプターが夜間に発進し、遠くから銃声やロケットの音が耳に届くなど、戦乱の音が絶え間なく聞こえる。こうした状況においては、通常なら、たいしたことのない健康上の問題が緊急事態になる。というのも、村から町への移動には大きな危険が伴い、移動すること自体が不可能なところも多いからである。
MSFは、ヘルマンド州で現在も機能している唯一の公立病院で活動を始めたばかりだ。その病院は州都ラシュカルガにある。同病院は、この数年間にわたって多くの海外援助を受けてきた。にもかかわらず、各病棟を回ってみて最も目立ったのは、患者がきわめて少ないことだった。ほとんどの場合、ベッドの3分の1が埋まっているに程度にすぎないのである。私たちが訪ねた朝は、124のベッドに対して、患者の数は40人だった。
なぜ、これほど患者が少ないのか。じつのところ、この病院で提供される医療は、よく言っても、“つぎはぎ”状態なのである。医療スタッフのほとんどは午前中しか勤務せず、午後になると自分の民間診療所へ行って働く。病院の治療法も時代遅れで、薬の過剰処方も日常的に行われており、1種類で十分と思われる抗生物質が7種類も処方されることがある。さらに、薬の費用の問題もある。診察が無料であったとしても、患者はほとんどの場合、民間の薬局へ薬を買いに行かされる。これらの費用は、特に病院までの交通費を計算に入れると、貧しい家族にはあまりに高すぎる。また、たとえ財力があっても、何とか買うことのできる薬は質が悪く、偽造品の場合さえある。
病院がその能力を十分に果たしているとは言えない中で、病院には寄贈された高性能の医療機器があふれている。ヨーロッパや中国からのデジタルX線機器、検査機器、手術用機器、無影灯などが地下室に積み上げらており、まだ梱包されたままの機器も多い。こうした機器は、各国政府からISAF(アフガニスタンに駐留する国際治安支援部隊)のヘルマンド州再建チームや2国間の直接援助を通じて寄贈されたたものである。たいていの場合、取扱説明書などは付けられていない。
救えるはずの命が危機にさらされる戦争下
私の訪問中に、はしかにかかった子どもが病院に連れてこられた。その母親が私たちに話したところによると、彼女の村には同じような症状の子どもがほかに少なくとも8人いるという。はしかは感染性がきわめて高い病気で、治療を受けないと命にかかわる恐れもある。彼女の子どもは合併症にかかっており、その晩を乗り切るには、酸素吸入が必要だった。しかし、病院で機能を果たしている唯一の酸素吸入装置は、交差感染*を招く危険性が高い子どもたちが入院している病棟にあった。にもかかわらず、はしかの子どもが移されたのは、その病棟だった。その一方で、地下室には移動式の酸素発生器が少なくとも6台、ほこりをかぶって置かれていた!
*交差感染:医療従事者の手、口、鼻や、他の入院患者、医療器具、室内の空気などからの感染。
この子どもは紛争の犠牲者で、述べてきたような窮状が、この戦争を端的に物語っている。子どもは戦争で引き裂かれた地域に住んでいて、そこでは予防接種がほとんど行われていないため、本来予防が容易な感染症にかかった。母親に選択の余地はなかった。彼女は危険を冒してラシュカルガへ来たが、手遅れになる寸前まで治療を待たなければならなかった。これまで8年間にわたる各国政府からの寄付と医療機器の“ダンピング”にもかかわらず、この病院では患者を受け入れて適切に治療する態勢が依然として整わないでいる。
これより前に、爆発でけがをした妊婦がようやくラシュカルガへたどり着いた。負傷後、48時間たっていた。爆発で胎児も傷を負った。母親は子宮に穴が開いていたが、なんとか分娩を終えた。しかし、子どもは敗血症で亡くなった。彼女がもっと早く病院に着いていたら、おそらく2人とも助かっていただろう。
明確に区別されるべき、異なる“人道援助”
MSFは2004年、アフガニスタンでスタッフ5人が殺害された後、同国での活動を終了した。5年ぶりに再開された活動は、リスクとニーズの兼ね合いを見極めながら慎重に進められている。MSFの唯一の活動目的は、医療を最も必要とする人びとを支援し、できる限り多くの人びとが、この紛争を生き延びるのを手助けすることである。民間の医療・人道援助団体が、紛争に関わるすべての当事者に受け入れられるためには、完全な公平性と独立性を行動で示し、それを明確に伝えなければならない。これは、MSFにとって、例えば、アフガニスタンやパキスタンでの活動のための資金をいかなる政府からも受けないこと、また、他の勢力がMSFを支配したり指示したりすることを、いっさい拒否することを意味する。
かつては、軍、再建・開発活動、人道主義者の間に明確な区別があったが、今はそれが非常に混乱している。現在では、人びとの心をつかむために軍隊が行う取り組みを含むすべての援助行動が、“人道的”と称されている。しかし、そこには決定的な違いがある。MSFのような厳密な意味での人道援助団体は、医療上のニーズのみに基づいて、緊急の命をつなぐケアを提供するために活動しており、それ以外の目的はない。実際、明確な区別がなされるべきだ。それはなぜか。
その理由は、MSFのような人道援助団体は、困っている人びとを、彼らがその国のどこに住んでいようと、あるいは、そこでどのような戦闘が行われていようと、支援の手を差し伸べなければならないからである。かたや、資金提供や別の方法を通じて、紛争の一方の側と手を組んでいる団体(どのような政治的傾向を持つものであっても)は、そうしことは絶対にしようとしないし、実際、できない。また、ある側に味方するということは、武力による保護に頼らざるを得ず、結果として、その団体、あるいはその団体が支援する人びとが軍事目標になる可能性がある。
政治目的の援助では、病院のベッドを患者で満たすことはできない
ヘルマンド州には現在、ISAFによって修復されたり、NATO(北大西洋条約機構)やアフガニスタン政府軍の兵士が警戒のため巡回したりしている医療施設が多数ある。これらの施設は対立する武装グループから軍事目標とみなされている。その一方で、現地の独立したNGOが運営する診療所は、ISAFの支援と関連する医療施設と見られるのを避けるため、意図的に荒廃した状態に置かれていることが多く、それを反対勢力の隠れ家と見誤ったISAF軍から攻撃を受けている。その結果、診療所自体が戦場になり、患者は危険にさらされ、医療を受けたがらなくなる。
MSFがアフガニスタンで活動を再開するにあたって特に重視しているのは、MSFが活動する医療施設への銃の持ち込みを厳しく禁止することによって、病院の非武装化を図ることである。MSFは、警察、多国籍軍、武装対抗勢力などすべての当事者に対し、病院の入り口で銃を預けるように要請している。
MSFは、ヘルマンド州のラシュカルガ州立病院とともに、カブール北方にある町の病院でも活動を始めている。この町は、パキスタンからのアフガン人帰還者やアフガニスタン東部諸州の戦闘を逃れてきた避難民の到着により、人口が急激に増加した。こうした人びとのニーズに応える必要があり、医療も不足しているにもかかわらず、この地域は反政府活動を抑えるための援助政策の優先地域とされていないことから、これまで援助団体から顧みられることがなかった。カブールの大規模インフラ整備事業には多くの資金が用意されているが、緊急援助に利用可能な国際資金はほとんどない。
この2つの病院では、アフガン人および外国人スタッフからなるMSFの医療チームが活動している。その目的は産科、小児科、外科、救急医療のすべての分野で、質の高い、命をつなぐ、完全に無償の医療を、有効な薬とともに提供することである。そのためには、常勤の医療スタッフと協力して、最もよい仕事の進め方について合意することが鍵となる。
重点目標の一つは、こうした医療を午前中の数時間だけでなく、24時間体制で提供することである。MSFは、2010年には、ヘルマンド州以外の病院や診療所にも支援を拡大することにしているが、現在のような危険な環境では、計画の前進には時間がかかるだろう。
今日のアフガニスタンには、戦争の影響を受けている地域で住民のニーズを独自に把握し、それに対応する団体が不足している。ヘルマンド州などでは、ケアを受けられる人の数はきわめて限られている。人道目的でない、政治目的のための援助に限界があるのは明らかである。政治目的のための援助は、病院の地下室を高価な医療機器であふれさせることはできるが、紛争に関わるすべての側から治療を求めてやって来る患者で病院のベッドを満たすことはできない。
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