ソマリア:南ガルカイヨ病院で活動するMSF医師へのインタビュー
2009年11月27日掲載

国境なき医師団(MSF)は、ソマリアの南ガルカイヨ病院で外科治療プログラムを展開している。以下は、プログラムを担当するソマリア人スタッフ、アブドラヒ・アダン・モハムド医師へのインタビューである。
Q.南ガルカイヨ病院のMSF外科治療施設が非常に重要である理由は何でしょう?

MSFが活動する南ガルカイヨ病院の入り口。
A. この施設が極めて重要な理由は、頻発する激しい戦闘の影響を受けている地域で、唯一の無償の外科治療施設だからです。ここでは、約240kmも離れたドゥーサマレブ市やその周辺の町や村からも多数の患者がやってきます。この地域の住民は大変貧しく、莫大な費用を必要とする民間の外科処置を受ける余裕はありません。さらに、ソマリア全体でも外科医の数は大変少なく、そのほとんどがガルカイヨから約730kmも遠く離れた首都モガディシオに集中しています。
Q.ここでは、どのような外科治療を行っていますか?
A. 私たちはあらゆる種類の外科処置を行っていますが、手術を行う患者の約半数は、けがをした人たちです。こうした患者の発生は散発的で、予測が非常に難しく、武力衝突と同じです。私たちはまた、腸閉そく、虫垂炎、潰瘍などの病気の手術、それに産科施設では分娩に問題があるときに、安全な出産を手助けするため帝王切開を行います。
Q.MSFはいつからガルカイヨで外科治療を提供しているのですか?
A. ガルカイヨにあるMSFの外科治療施設は、5年間にわたって稼働しています。私がここで現職に就いたのは4ヵ月前です。私が着任する前、MSFは人材不足のため、外科治療プログラムを約10ヵ月間停止することを余儀なくされていました。外科治療を再び行えるようになったのは、大変良いことです。
Q.業務の一例となるような最近の出来事を教えてください。

南ガルカイヨ病院の産科施設で。(2002年撮影)
A. ガルカイヨでは10月末と11月初め、爆発事件を含めて多数の激しい衝突がありました。その結果、病院は約45人の負傷者を受け入れましたが、そのほとんどは男性でした。
爆発が起きたのは真夜中過ぎで、病院は負傷者でいっぱいになりました。重度の負傷者が2人いて、残念ながら、手術台に到着する前のトリアージ段階で亡くなりました。
負傷者の症状はさまざまで、軽いけがから腹部や血管の大きな外傷までありました。軽傷の場合は手当てが、大腸の損傷など重症の場合は手術が必要でした。治療した患者はいずれも救うことができ、現在では、全員意識があり、退院した患者もいます。
特別な例を一つ挙げましょう。その男性患者はかなり混乱していました。彼はガルカイヨ北部から来ましたが、ガルカイヨ市が分断されているため、それは苦しい旅でした。体には複数の傷を受け、外科治療が必要でした。しかし、彼の容体では、治療について本人の同意を取り付けるのは困難だったのです。幸い、部族の長老たちの後押しがあり、最終的には治療を行うことができました。この男性は今では、かなり回復しています。
Q.外科の道に進んだいきさつは?
A. じつのところ、私は最初から外科医の道を選んだわけではありません。暴力が目に余るようになっていたため、私はソマリアから脱出しようと考えていました。しかし、兄が大学へ進学して勉強するよう励ましてくれました。その助言を受け、私はバナディール大学で懸命に勉強しました。2008年に卒業しましたが、ソマリアではシアド・バーレ大統領の追放後、大学を卒業して医師になった第一陣の一人でした。卒業後、外科の専門研修を受けるためメディナ病院へ行きましたが、これはMSFの支援によるものです。
Q.自分の仕事について、どう感じていますか?
A. 私はこの仕事にやりがいをもっています。医師になったことは、これまで自分に起きた最も素晴らしいことです。私が最もやりがいを感じるのは、治療を終えた患者が再び病院を訪れ、私に感謝するとともに励ましてくれることです。それが私に達成感と充足感を与えてくれます。
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