フィリピン:被災者の証言 マニラ市中心部の避難所にて
2009年10月06日掲載

マルコとその家族。パシグ市避難所にて。
マルコは、首都マニラの中心部にあるスーパーに勤めている。洪水の前まで、パシグ市内の川の近くに住んでいた。結婚して、3人の子どもがいる。ここ1週間パシグ市の避難所に指定された地元の学校に、家族とともにいる。他のマニラ市民数十万人と同様、彼もこの洪水によって避難を余儀なくされた。一家全員が疲れて心配な様子だ。一家はダンボールの上に座っている。マルコは静かに話す。不眠のため眼は赤い。
「水位が上昇し始めた3日の土曜日、私はいつもどおり勤めているスーパーに出ていました。妻から携帯メールが届いたのです。『早く帰ってきて。水が上がってきているわ!』
上司に行ってもよいか尋ね、電車に乗ろうと走り出しました。不幸なことに、電車は洪水のため動いていませんでした。市内はどこも水だらけでした。家には帰れませんでした。恐ろしかったです。数時間後、妻が電話してきました。『2階にいるけど、水が腰まで上がって来ているわ! 帰ってきてちょうだい!』 でも、どうすることもできませんでした。

台風の被害を受けて倒壊した建物。
パシグ市内にて撮影。
私はその晩から4日の朝まで外にいました。それからパシグ市にたどりつき、子どものうち2人に行き逢いました。妻と4ヵ月になる子どもはまだ家の中にいましたが、小さな子どもを抱えて妻は外に出ることはできませんでした。彼女を助けに行きました。水位は既に下がり始めていました。
MSFが持ってきてくれた食べ物、服、衛生用品キットをもらいましたが、私たちは今も廊下で生活しています。うるさく、風が強いです……家族向きの場所ではありません。
私たちはここに1週間ほど滞在しています。5日には、たとえ泥とゴミで覆われていようと、家に戻るつもりです。家が残っただけ、私たちは幸運です。この辺りに住む人は、すべてを失った人もいるのです」
マルコ一家の近所に住む女性、アミイが隣に腰掛けている。疲れて神経質になっている様子で、話すときには目に涙が浮かぶ。
「水位が上がってきたときは、ひどいものでした。水位の上昇はあまりにも速かったので、家に閉じ込められた人もいたほどです。助けを求めて叫んでいるのが聞こえるのです。避難するために屋根に穴を開けなければならなかった人もいました……本当にひどかったです。
すべてを失いました。家は洪水に押し流されました。避難したときは着の身着のままで何も持ち出せませんでした。持ち物はなく、お金もありません。私は日給2ドルのウェイトレスとして働いていました。もしかしたら、2年前に離れた郷里の村に戻るかもしれません。もしかしたらそこまで歩くかもしれません……どうしたらいいかわかりません……すべてを失いました」
(取材日:10月4日)
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