マラウイ:医療拠点の分散化でエイズ治療の裾野を拡げる
2009年09月02日掲載
南東アフリカの国、マラウイ南部のチラヅル地区では、ほぼ7人に1人がHIV陽性である。国境なき医師団(MSF)は2001年8月以来、この地区の人びとに抗レトロウイルス薬(ARV)を提供するとともに、結核などエイズの日和見感染症の治療にもあたっている。
治療を待つエイズ患者は29万人

チラヅル地区ナミテンボにある診療所で、患者を診察する。
約93万人(成人および子どもを含む)のHIV感染者を抱えるマラウイは、感染率が世界でもっとも高い国の1つである。15~49歳の人口の12%がHIVに感染しており、毎年、6万8000人がエイズによって命を落としている。MSFの患者のうち1万3000人以上が、ARV治療を受けている。
2008年末まではARV治療が211ヵ所にのぼる国の医療施設で無料で提供されていた。にもかかわらず、治療を受けられたのは患者のわずか50%で、いまだ29万人が治療を待っている状況だ。
「MSFは毎月、新たに300~350人の患者にARV治療を開始しています。ニーズは計り知れません」
MSFの活動責任者、ミカエル・ル・ペイは、こう説明する。
協力と分散で、治療の場をより自宅の近くへ
ニーズの大きさや医療従事者不足を考慮すると、チラヅル地区をはじめとして、新たな治療のアプローチが必要だ。医療従事者の不足については、40%が欠員状態で人員を配置すること自体が非常に難しい。
地区の医療当局と協力して、MSFはエイズ治療法を簡素化し、治療上の責任を同地区の診療所で働く医療従事者に移譲し、分散化させることにした。ル・ペイは説明する。
「具体的には、MSFの医療スタッフが日常的に診療所の保健省スタッフと緊密に働くということです。つまり、私たちは業務を分担しているのです」
分散化治療の目標は、できるだけ多くの同地区のHIV感染者が、確実にARV治療を含む医療を受けられるよう、より自宅に近い場所で医療サービスを提供することである。プログラム・コーディネーターのセヴリン・ドムズィエルは語る。
「患者は病院へたどり着くのに、もう何マイルも歩く必要はありません。さらに、よりよい医療経過観察も受けることができるのです。合併症が発生したり、あるいは気分が悪くなったりしても、以前よりずっと簡単に、かつ迅速に、また医療を受けることができるのです」
患者の1人、ノウマ*は2008年にMSFの治療プログラムに加わった。第一選択薬に耐性ができたため、彼は最近、第二選択薬による治療を開始した。
「病院まで足を運ぶのは大変でした。私にとって歩くのは困難で、車も持っていません。病院が遠いので、交通費を払うのも難しいのです。診療所なら、私の家から30分です」
ビラル診療所のMSF診療室で、ノウマはこう語った。
患者の治療教育強化と、医療スタッフへの業務移譲

エイズ患者へはイラストなども使いながら、ARV治療につい
て説明する。
医療スタッフの業務量を減らすため、また、治療の進歩もあって、一部の患者は年に2度、診療所で治療を受け、年4回、処方薬の更新を受ける方法がとれるようになった。プログラムの監督者、イサーク・マコニアは説明する。
「このプログラムを通じて治療を受けるには、いくつかの基準があります。まず、第一選択薬を服用している患者であること、1年以上にわたり投薬計画に適切に従っていること、免疫抑制マーカーとなるCD4細胞数(注)が350以上あること。患者が女性の場合は、妊娠していないことなどが基準となります」
注)血中に含まれる免疫細胞のこと。HIV感染症が進行するにつれて数が減少するため、病気の進行度と、その時点での免疫力を表す指標となる。
これは、患者の治療教育を強化し、患者自身により自己責任をもってもらう取り組みでもある。2009年5月、740人の患者が、何らかの問題や合併症が起きた場合は、予約日まで待つことなく、直接、診療所へ行ってもよいことを承知した上で、この“スリム化”された方法を利用した。
医療上の責任を、医師から医療スタッフ、時には医療従事者でないスタッフに移管するという戦略は、途上国の間では広く受け入れられている。これは、人材不足に対応する1つの方法である。マラウイでは、看護師の数が多いことから、一部の医療責任を看護師に移譲している。
看護師はARV治療開始の決定や、症状の安定した患者のモニタリングについて訓練を受けていて、通常は医師が提供する医療も代行することができる。もっともデリケートな、あるいは複雑な症状のある患者のみが准医師の診察を受けることになっている。この准医師は4年間の医療研修を受けた医療従事者だが、その数も不足している。
緊密で定期的なサポートと、子どもの患者へのアプローチ

9ヵ月以下の子どもにHIV感染の検査を行うため、やってきた
母親たち。
専門家ではないが訓練を受けたスタッフは、スクリーニング(注)を行ったり、社会・心理的支援やおよび栄養面のサポートを行う。ARVを服用している患者は生涯この治療を続けることを理解し、同意しなければならない。このためには緊密で定期的なサポートが必要で、MSFが医療モニタリングを補足するためのカウンセリング・チームを結成したのも、そのためである。カウンセラーは、HIVがもたらす日常的な問題について患者を助け、彼らの定期的な薬の服用を確実にする役割を担う。
注)症状が現れる前に病気を発見するための検査。
エイズ患者の10%を占める子どもの患者には、特別なアプローチが設定されている。7~14歳の子ども向けのコミュニケーション・ツールは、彼らの病気について適切な情報を提供するように作られている。
「HIVの状況について、早くから子どもたちに伝えることが大切です。6歳からの開始が望ましく、14~15歳以降に自分の病気について学ぶ患者のほとんどは、治療薬を正しく服用しつづけることに苦労しています。子どもたちとたくさん話をし、彼らと深く関わらなければなりません」
社会・心理カウンセラーのヴァイオレット・マチェンバは、そう指摘する。
人材不足の解決と、今後のMSFの活動

同じく、ナミテンボの診療所で患者を診察
する現地スタッフ。
以上のような治療は、マラウイ保健省との緊密な協力によって実施されており、今後、MSFはさらに保健省への責任の移譲を進めたいと考えている。ル・ペイは語る。
「医療拠点の分散化という目標を掲げたのは2005年でした。それがようやく達成されたのです。チラヅル地区全体で、質の高いHIV治療が受けられるようになりました。私たちは、より長期的な視野に立って考えていこうとしており、もちろん、今後数年間での保健省への移管も念頭にあります」
しかし、治療責任を移譲し、医療拠点を分散させるという革新的な手法が、医療スタッフの業務量を軽減し、さらに新しい患者がすぐに治療に入れることを可能にするとしても、この手法は必ずしも全国レベルで実施されているわけではなく、限界がある。ドムズィエルは指摘する。
「たとえ、全国民が明日スクリーニングを受けられるようになったとしても、保健省にはまだ人材不足という問題が残ります。MSFも財政的、物理的な理由から、多くの人を雇うことはできません。保健省はエイズ患者の治療とモニタリングを実施できる能力を拡大し続けなければならないのです」
その一方で、MSFはHIVの母子感染防止などのプログラムを発展させている。母子感染防止については2008年3月以来、予防目的のARV薬投与という手法を各診療所で実施している。小児治療や医療ミスの発見なども、こうした活動に含まれる。
チラヅル地区では2008年、MSFのプログラムを通じて4377人以上の患者がARV治療を受けた。2001年の活動開始以来、MSFは1万2016人以上の患者をモニタリングし、治療を続けている。
*個人の安全保護のため、名前のみ使用しています。
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