プログラム責任者ダナ・カナリの日記 第三編 - ケニア・ダダーブ難民キャンプより -
2009年06月26日掲載
ダナ・カナリは国境なき医師団(MSF)のプログラム責任者として、ケニア北部の町ダダーブにあるダガレイ・キャンプで3ヵ月間勤務しました。このキャンプにはソマリアで起こっている戦闘を逃れてきた27万人以上の難民が暮らしていますが、食糧、水そして適切な住居が著しく不足しているため、その多くがソマリアの戦闘地帯に戻ることを考えているといいます。
カナリの日記からの抜粋を通じて、ダダーブにおける援助活動従事者の生活を3回シリーズでご紹介します。

ダガレイ・キャンプにある産科病棟で生まれたばかりの息子
を抱く、サーロ・アサド・ハッサン。
2009年4月17日 暴力から逃れることはできない
乗っていたマタツ(ミニバス)から先日私を呼び止め、話をした女性を再び見かけました。彼女と14才になる娘は私を探して診療所にやってきたのでした。今回はさらに詳しいことがわかりました。女性の夫はソマリアで病死しました。1年半前には3人の息子がモガディシオの市場で殺されました。「戦士たちは空腹になり市場にやって来て、銃を撃ち、盗みを働きだしたのです」と彼女は説明しました。息子たちは商人でした。彼女は持っていたゴールドのイヤリング1組を売り払い、彼女と残された子どもがソマリアから避難するのに必要なお金を工面しました。ダガレイ・キャンプには1年ほど前に来たものの、知っている人はいません。新規難民区域の中に他の女性と1区画を共にして住んでいます。その女性も今ではソマリアに戻ってしまいました。
今年1月、彼女の娘が性暴力を受けました。容疑者の男が逮捕され、懲役2年の有罪判決を受けました。すると、加害者の親戚の男性たちが数人で報復を狙うようになりました。1週間に何度も彼らは襲ってきます。母親が男たちの襲撃を受けていることを通報したところ、今度は夜中に襲ってきてパンガ(大なた)を彼女らの住居の扉にたたきつけたり、あるいは住居に火を投げつけたりするようになりました。母親と娘はブリキの扉に大なたでできた襲撃の跡や茨の枝を住居の周りに積み上げて襲撃者を防いでいる様を私に見せてくれました。私は母娘を国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の事務所に連れて行き、月曜日に難民保護の担当者と面会できるようにしました。
猫を殺せば七代たたる
昨夜、私はイスラム教徒の同僚2人と星を眺めたりいろいろな話をしたりして過ごしました。ソマリア人は、「猫を殺せば七代たたる」と信じています。宿舎の周りをうろついている10匹あまりの猫にとっては朗報ですが、ヤギや鶏には少々かわいそうな話です。私たちは2匹の子猫を飼うことにし、それぞれバージニア、ウルフと名づけました。じきに2匹はご飯時に餌のおねだりすることを覚えました。
月がまだ出ていなかったので天の川が輝いてよく見えました。同僚が、大人は子どもに月と天の川を取ってきて母親に対する敬意を表すようにと話すという話を私にしてくれました。ハイエナの子どもが母ハイエナに対して大変粗野にふるまい、母ハイエナをつかんで天空を引きずり回しました。天の川はその痕跡だというのです。私にはよく分からなかったし、2人にも分かっていないと思います。何代にもわたって伝えられているうちに何かが抜け落ちたに違いません。もう1つの言い伝えは、さらに古い時代の話になるのですが、毎夜皆が寝静まっている間に太陽が西から東に空を渡り、翌朝再び東から昇るように準備しているというものです(これは分かります)。幸運にもこの出来事を見ることができた人は、一番の願い事がかなうということです。富、英知、幸せな結婚、あるいはラクダの群れ、なんでも。同僚は2人とも、この言い伝えが本当である証を立てられる人を知りませんでした。また星を眺めていたら、2人はオリオン座を指差してあれはラクダだと言いました。オリオン座のベルトの部分はラクダの顔にあたり、私にはコブもわかりました。これは納得できます。宗教についても少し話しました。2人はコーランからの話をいくつか聞かせてくれました。それらは(ずいぶん前のことになりますが)旧約聖書の話で聞いたものと同じだと思いました。ノアの箱舟、葦の海の奇跡、男児殺害の命令などです。呼び方が違うだけです。私たちは、誰もが自分の宗教を妨げられることなく実践できるようになるのが普通であり、他の人に自分の信仰を押しつけてはいけないという点で一致しました。おやすみなさいを言うのにちょうど潮時になったと思いました。
キャンプにはいたるところにマドラッサ(イスラム神学校)があります。たいていの場合、このキャンプではまれな、日陰ができるだけの大きさに育った木を、枝で作ったフェンスで囲って学校としています。ほとんどの場合、コーランの節を繰り返し唱えている子どもたちの歌うような声が聞こえなければ、そこに学校があることさえ気づかずに通り過ぎてしまいます。
トイレを巡る滑稽な話
キャンプを歩いて巡回している時に、ブロック・リーダーの1人と出会いました。「ここを出て行ってはいけませんよ。あなたも今や難民ですよ」と彼は言いました。これは、私がぼさぼさ髪のお構いなしの格好で歩いているから言ったのか、それとも長い時間を難民たちと共に過ごしているから言ったのかはよく分かりません。
地域保健員との最後のミーティングで後任者を紹介した後、切実に必要とされている家族ごとのトイレをキャンプの担当区域に設置する計画について話しました。誰もがすごく喜びました。実際、本当に喜んでくれて、私に敬意を表してそのトイレに私の名前をつけてくれるとのことでした。私は仰天して口もきけませんでした。私の知っているMSFのスタッフで、新しく生まれた子どもに自分の名前をつけられた人はいますが、トイレに自分の名前をつけられたという話は初めてでした。
2009年4月20日 ありがとう。そして、さようなら
今日キャンプの担当区域のリーダーたちとの歓送迎会がありました。彼らはMSFの仕事に対して深く感謝の気持ちを表し、また短期間にあげた成果を評価してくれました。彼らは私たちがキャンプ内に出かけて難民たちに会い、実際の状況を見たという事実を賞賛してくれました。ある女性は、他の援助機関は難民の多さに嫌気がさして、新規難民たちのことを忘れてしまっていると語りました。(MSFは新規到着の難民を対象に援助活動を行っています。) 地元出身の何人かは難民と地元民を結びつけたのはキャンプの援助団体の中でMSFだけだと言い、みんな同じ人間なのだからそうして双方の人びとを結び付けてくれたことに感謝していると語りました。
ミーティング後、私の後任者が「あなたの『脚元』にも及ばない私ですが、がんばります(I hope I can fill your “feet”.
正しい表現は”shoes”)」と語りました。英語が第二(あるいは第三)言語だったりする同僚は、ちょっと間違った英語の表現を身につけていることがよくあり、それがかえって魅力的だったりするのです。
午後になって女性リーダーの4人が戻ってきてドレス、頭に巻く布とスカーフをプレゼントしてくれて、私はその衣装をすぐさま着ることになりました。それから彼女らは私の両手、両足にヘンナ染料で美しい模様を描いてくれました。私たちはみんなして木陰のマットの上に座り、女性たちは軽やかな調子で順番に身体を清めたりお祈りをしたりし、その間にも他の女性たちは衣装をつけた私の姿を女性らしくととのえてくれました。彼女らは自分たちの間では英語をほとんど話さないし、私もソマリ語を知りませんでした。しかし私たちは楽しく過ごし、彼女らはソマリ語で友達のことを「サヒブ」と言うのだと教えてくれました。姉妹という言葉も教えてくれたのですが、もう忘れてしまった。また私に「ハビボ(Habibo)」というソマリア語の愛称もつけてくれました。新しい衣装を着て宿舎の中でお披露目しながら歩いていると、何人もの人が振り返り、ケニア人の同僚たちはソマリア人女性に混じって白人のソマリア風女性が1人いるのをじっと見つめているのでした。
4月20日食糧不足と携帯電話
食糧備蓄が不足してきたため、前回のダダーブ難民キャンプ内での配給食糧はカロリー換算で3割減らされました。早急に何らかの行動を起こさない限り、7月には配給は半分に減ることになるでしょう。これは1人当たり換算で1日千カロリーの減少になります。しかも、これは難民人口27万人を基準とした計算であって、ダダーブではすでにこの人数に達しており、かつ、ソマリアとの国境は何ヵ月も閉鎖されているにもかかわらず、毎月平均5千人の新規難民が到着し続けています。食糧不足は栄養失調の増加を意味し、それは病気に対する抵抗力が弱まることを意味します。それはこの過密状態にあるダダーブ難民キャンプで伝染性疾患の発生の危険性が急速に高まることを意味します。そしてそれは死を意味するのです。
携帯電話のおかげで、このキャンプの状況が過酷なためにソマリアに戻った脳性麻痺の子どもの家族が、ソマリアの状況が悲惨なために再びダダーブに戻ってくるところだと分かりました。この先何年間、ダダーブの難民たちはソマリアとこの難民キャンプを行ったり来たりすることになるのでしょうか。彼らが直面している可能性は、ソマリアで戦闘によって突然殺されるか、このダダーブで尊厳のない緩慢な死を遂げるか、どちらかです。
2009年4月22日 世界的怠慢?
ダダーブは最も古くからあり、世界最大規模の難民キャンプですが、再び人道的危機に瀕しています。医療上の緊急事態が発生する脅威は現実味を帯びてきています。私は、ダガレイ・キャンプを去る今、国際社会を奮い立たせ行動を起こさせるには何が必要なのだろうと考えています。
ソマリアに平和が訪れること、そしてダダーブの難民のために行動が起こされることを願いつつ、
国境なき医師団
ダダーブ難民キャンプ プログラム責任者
ダナ・カナリ
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