中央アフリカ共和国:ボカランガ地域、強盗団による襲撃で人道援助が届かず
2008年04月28日掲載
2007年12月半ばから、「路上の切り裂き屋」を意味する「ザラギナス」として知られる武装強盗団が中央アフリカ共和国(CAR)の北西部にますます頻繁に出没し、暴力的な襲撃を仕掛けている。CARでは、現在も数千人が同国内で避難したままであるが、彼らの多くは治安の悪化により援助物資を受け取ることができない。
ボカランガ地域では、「ザラギナス」として知られる武装強盗団による襲撃を逃れて、数千人が避難している。世帯ごとに大きな村へと避難し、現地の住民の家に身を寄せている。しかし道路沿いの治安が悪いために、これらの避難民を受け入れている町に援助を届けることができない。MSFチームも、栄養失調の子どもを治療するために辿り着くことができない。

2008年2月、国境なき医師団(MSF)は、強盗行為が横行するウハム・ペンデ州のボカランガで活動を開始した。このプログラムでは、急性かつ深刻な栄養失調に苦しむ子どもに治療を提供している。栄養失調はボカランガなど、この地域の町にいる避難民の間で特に問題になっている。MSFは活動開始から1ヵ月間で、ボカランガの子ども100人をプログラムに受け入れた。さらに多くの子どもを治療するためには周辺の村に赴く必要があるが、強盗団による襲撃が増加しているため、チームは行くことができずにいる。
MSFのCARにおける活動責任者デルフィーヌ・シュドルジュは語る。「この地域の人びとはこれまでにも苦しめられてきていますが、最近の強盗団による襲撃は、これまでとは比べものにならない規模に達しています。現在では強盗団の待ち伏せに遭うと、人道援助従事者と同様に、小規模の事業主、村人、医療従事者も発砲され、殴打され、拘束されています。運送会社は、この地域を通って荷物を運送しなければならない時には、料金を2倍にしています。トラック運転手も、「恐怖を味わう対価」として賃金の上乗せを要求しています。最近は、ボカランガを出て周辺の村の避難民の所に行くことができません。攻撃される危険性が高すぎます。」
2008年2月、ボカランガ近郊で保健省の職員8人が2週間に渡り拘束された。治安の悪化により多くの看護師が村を去り、診療所は無人となった。地域の住民が医療ケアを受けられる機会は非常に制限されている。
強盗団による襲撃が激しいこれらの地域ではこれまで、人道援助活動は優先的には行われてこなかった。しかし、地域住民の援助ニーズは大きいにも関わらず満たされていない。援助を必要とする人びとや、援助チームの人命を危険に晒すことなく援助を届けられることが極めて重要である。
CARにおける援助活動は、反政府勢力と政府の間の紛争の影響を受け、2007年半ばまで激しい戦闘があった地域を主な対象としている。これらは治安が非常に不安定な地域としても知られている。2008年3月には同国北東部でMSFの救急車が銃撃され、乗っていた幼い患者の母親が射殺された。この結果、MSFは同地域の主要都市以外での移動診療活動を中止した。2007年6月11日には、MSFの派遣スタッフだったエルザ・セルファスが殺害され、MSFは活動を長期にわたり停止した。
「ザラギナス」によって数千人が家を追われ、CAR国内の各地や周辺の国々へと避難している。この他にも、政府軍と反政府勢力の間の紛争から逃れた人びとがいる。
避難民は小さな町に数百人単位で散在しており、中には2千人もの人びとが身を寄せている町もあるため、その数を推定するのは困難である。CAR初の、そして唯一の避難民キャンプは2007年10月に設置された。現在、このキャンプには2千人以上が暮らしている。
チャドには、2008年1月にCARから7千人の難民が到着した。彼らはチャド南部地方にある難民キャンプで暮らしている。カメルーンは、CARから推定4万5千人の難民を受け入れている。その一部は食料も水も医療サービスもほとんどない森林で暮らしており、国境沿いや国境地域に出没する強盗団に狙われやすい。
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